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孤鬼伝  作者: 雪之進
2/4

二節

 自由を得た。それは私の長としての行動に対する報酬だ。

 過程がどうあれ、私は精神的に明るい風に考えるように心掛けた。そうしなければ足も動きそうにないからだ。

 全身が痛もうが、片腕が半端で千切れようが、最早私に責任はない。

 私は、今から私だけの為に生きる事が出来る。──それは、言葉にするととても素敵な事に思えた。

 生憎と私は莫迦だ。多少、他の子鬼と比べると長年の経験から知性がある様に見えるらしいが、実際は子供の頃からそう変わっていない。莫迦が必死に考えて、考えて、ようやく成果が結んだだけで、馬鹿正直に足掻いた結果が人間の真似であっただけ。実際成果を出すまでに仲間の多くが死んだ、私を支えた友人は私を残して皆死んだのだ。

 私自身はやはり子鬼なのだ。貧弱で、知性も薄い、繁殖力のみがずば抜けた、──けれど、大鬼のような強大な力に憧れ続け、それでも生きる為に逃げ続けたただの子鬼だった。

 長の私はその自分に蓋をした。私は私以外を守らなければならなかったからだ。私を含めた集団を、集落を、そこにいた多くの同胞を少しでも長く生かす為だけに。

 だが、今はその必要がない。そう考えるとやはり気楽だ。

 自由を得る切っ掛けだと考えればこの痛みもなんだか愛おしく感じてきた。

 我ながら単純だと笑ったが、いかんせん。笑うと切った口の中が痛かった。

 まあ、それはそうとこれからどうしたものか。

 片腕がないこと自体は納得しているが、しかし片腕がない現状は正直辛い。

 なんというか、体が動かしにくい。おまけに利き腕がある様に動かす……癖、いや動作を思わずしてしまう。こればかりは徐々に慣れていくしかないだろう。

 ……こういう時、どうすればいいのだろうか。

 昔は親が、長が、大人が、いつだって私達に言葉や行動で示してくれた。

 昔は子が、友が、仲間が、いつだって何も言わないので私が決めていた。

 今は、──誰もいないのだから昔と同じように自分で決めるべき時だろう。

 

 しばらく考えた私が思い至ったのは原点に戻る事だった。

 私は人間を真似る事で集落を守る道を選んだ。なら、今度は私が生き残る為に人間を真似るのはどうだろうか。

 人間は、我々と比べると背が高く、力が強く、それでいて弱い種族だ。

 弱いが、どの種族よりも怖い種族でもある。

 アレは正直に言うと恐ろしい。アレは、木を振り回していずれ竜を殺す生き物だ。

 力ではない力で、アレは最強の生物を打倒する。そこにあるのは生きる為の意思じゃない。

 ──欲しいからだ。

 竜の身体が、倒した事実が、だから竜を殺せる。こんな恐ろしい生き物が他にいるだろうか?

 爪もない、牙もない、角もない、分厚い毛皮も脂肪もなく、肉は鍛えなければ貧弱で、色々と脆い。

 けれども爪や牙、角の代わりに武器を作り、毛皮や脂肪の代わりに鎧を作り、肉を鍛えるだけでなく、魔を操る力さえ、考える事で見つけてしまった。

 頭が凄くいい。でも、それだけじゃないのだ。

 私は、大鬼の強大さが欲しい。竜のような強大さが欲しい。過去に存在した魔王の伝説は憧れを抱いていまだに胸の内で燻っている。

 だがそれ以上に、──私は、人間のようになりたい。人間のような力が欲しい。

 私は、あの恐ろしい種族がどれほど凄いのかを、試行錯誤したからこそ知っている。

 私は人間の真似をした。人間は何も知らないままにたどり着いた。この違いは大きい、大きすぎる。

 だから、私は人間のようになる為に、人間のような力を得る為に、──人間を真似しよう。



 ◆


 私は人間の集落の場所を知っている。川を下り、しばらくした先にある木の板と蔓の道を超えた先にその集落が存在する。牛と、豚と、鶏を飼っている人間が、野菜を育てている。──ここが私の出発点だった。

 それ以外にも、その集落の近くで我々のような種族を狩る事を生業にしている存在がいる。

 冒険者、そう呼ばれる存在は、我々を狩る以外に、草を探したり、ハチの巣を壊したりしている。

 そういう仕事なのだろうが、彼等はやはり我々を狩る事を誇る習性があるらしい。

 こっそりと忍び込んでいる集落の中で、夜中だというのに月よりも明るい場所がある。脂の匂いや、土の匂い、赤の実の匂いも充満するその場所は周囲の小屋と比べて大きな小屋だった。

 近くの箱を使って、高い位置にある穴から中をのぞき込む。騒ぐ人間は自慢げに今日狩ったらしい大猪の話をしていた。

 その話を聞いて目を輝かせている子供と同じように、私は彼らの言葉に耳を傾けていた。

 彼等は言う。大猪を仕留めた自分の力を誇る為に。

 大猪は牙が恐ろしい。突進の速さが恐ろしい。下手な木ならばなぎ倒せるような力を持つ。

 そんな大猪を大柄な、熊のような耳が生えた女が受け止めたらしい。傍に立て掛けてある巨大な、私なら潰れそうな盾が僅かに凹んでいるのはそれを行った証明だろう。凄まじい、としか思えない。

 止まったその大猪の足を切り飛ばしたのは猫背な男らしい。手の中で踊る剣は確かに鋭いが薄い上に軽そうだ、どのように切り飛ばしたのか。子供も同じ疑問を感じたらしいが、直後に魅せられた一閃の鋭さを見ると黙らざるを得なかった。──そして机を真っ二つにした結果周囲からしこたま殴られていた。子鬼並みに阿保だ。しかし強い。

 最後の一人が大猪に止めを刺した魔術師らしい。まだあどけなく、まるでメスのような顔だが、どうにも他の二人は魔術師を尊敬しているらしい。どのような事をしているのかは全く分からないが、少なくとも一番油断ならない類の人間なんだろう。……今、ちらりとこちらを見たような。

 嫌な予感がしたので私はこっそりと集落から移動した。音を立てないようにゆっくりと。

 逃げる途中で最後まで聞けなかったが、彼等は流れで此処に来ただけで、明日にはどうにも別の集落へと移動するらしい。あの魔術師はなんだか嫌な感じがしたので一安心だ。

 技術を見れたのは猫背男の一閃だけだが、しかしそれだけでも充分な収穫だ。

 明日から頑張るとしよう。今日はもう寝床で寝るべきだ、色々と疲れた。

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