サビトクア
少女は少年の相手をした。
むかし、誰かが言っていたから。
──総てのモノに、分け隔てなく接しなさい
少女は平等に世話を焼いた。
庭の草花も、森の木々も、獣たちも、迷い込んだ人間も。
ただ、死なないように世話をするだけだ。
それ以外にナニがなにをしていようとも、少女には関係のないこと。
「――名前は?」
最近、道に迷って少女の家のある場所まで辿り着くことの多い少年は尋ねた。
少女が幾度も町まで帰しているのに、少年は何度でも懲りずに道に迷う。
そのうち、二人は顔見知り程度の間柄になった。
「わたしの?」
少女に町までの道を案内されている少年が頷くと、少女は顎に指を立てて小首を傾げ、何かを思い出したように少年を見上げる。
「──あなたが付けてくれない?」
至近距離で見上げられた少年は、不意を付かれ、呆けた顔をした。
「ないのか?」
その返答に、少女は曖昧に微笑む。
「無くもないけれど、あまり馴染みやすいものでもないのよ」
その応えに不服ではないようで、少年は天を仰いだ。
「そっか。じゃ、……サビでどうだ?」
すぐに少年が出した案を、少女はすんなり受諾する。
「いいわ。それにする。
でも由来は訊かない」
顔の向きを戻した少年と、笑んだ少女の目とがあう。
「──今からわたしはサビよ。よろしくね。
あなたの名前は?」
少女──サビが尋ねると、少年は何かを言いかけ、別の言葉を発した。
「ん。あぁ、よかったらオレの名前もキミが付けてくれない?」
サビは首を傾げる。
「特に深い意味はないんだけど、そのほうが覚えやすくないか?」
サビは特に反応を見せなかった。
考えているときには他のことが手に着かなくなるのが彼女だ。
「クアでどう?」
サビの出した案を、少年は快諾する。
「じゃ、オレの名前はクアだな。
──由来って訊いてもいい?」
少年──クアの表情を見上げて、サビは首を傾げた。
「気に入らなくないのならば訊かないで」
その笑みを見て、クアはすんなりと引き下がる。
「じゃぁ訊かない。」
* * *
そんな出会いから、どれくらいの時がたっただろう。
二人は成長し、少年少女ではなくなった。
サビは自由奔放な性格に自傷癖が加わり、怪我が絶えなくなった。
クアは落ち着きがでて知恵を深め、そんな彼女を治療するようになった。
* * *
瓦礫の海を背に、サビは廃れた建物の屋上の端に立っていた。
「何をする気?」
クアは問うが、訊かずとも何となく、わかっていた。
「わたしはやりたいことをする。──ただそれだけ。」
そう言って、サビは強い風に吹かれて足を地から離した。
「なら、オレもしたいようにするだけだ」
クアの姿を直上に認め、服をはためかせながら、サビは腕を広げる。
「来るモノ拒まず、よ」
重力に身を任せながら、クアは腕を伸ばす。
「だが去るモノは追ってくれるな……てか?」
二人の手が交わり、互いを捉えた。
「そんなことは言わない」
サビの背に回したクアの手に、力がこもる。
「言わないだけで、思ってるんだろ」
クアの顔の横で、サビはこっそり微笑んだ。
「否定もしないわ」
クアもその雰囲気を感じ、笑んだ。
「やっぱりな」
笑いあう二人は、そのまま人知れず瓦礫の海へ落ちていく。
「痛そう」
サビは椅子に座り、自身の怪我の治療をするクアを眺めている。
「誰のせいだと思ってる」
クアは手を止めずに慣れた調子で言い返す。
「わたしね」
ちょうどキリがつき、呆れた目をサビへ向けると、彼女は微笑んでいた。
「解ってるんなら言うな」
サビは痛がるクアを哀れむような目で見た。
「解ってるから言うのよ」
クアは利き手に巻いた包帯の具合を確かめながら、静かに耳を傾けている。
「わたしを追いかけようとしなければ、あなたも傷付きはしないのだから」
クアは顔を上げる。
「君が傷付くのを見逃すとオレの心が傷付くんだ」
次はサビが解いてしまった包帯を巻き直すべく、彼女に近付く。
「だから追いかけても追いかけなくても一緒。」
傷付きたがるサビは、クアの治療を拒んだり妨害したりはしない。
「ねぇ、これ、邪魔。」
でも大人しく治療を受けた後に、邪魔そうに包帯やガーゼを剥がしていくのだ。
「がまんがまんー」