魂に残る氷の魔力
睫毛に霜が降りたようで、目を開けるときに少しの痛みと冷たさを感じとった。周囲の温度が下がっていて、寒い。吐息が白い。
「けほ」
「ニカ!」
喉の奥が凍っていたみたいで、声を出そうとしたら咳が一つ出た。
フィルが私を抱き起こしてたのね。駄目じゃない、フィル。あなたの体も冷えきってるわ。
「ニカ、これはどういうことだ」
どういうことかと言われましても。
辺りをちらっと見ると氷の結晶があちこちに見えた。うわぁ、もしかしてこれ。
「あらまー……」
「あらまー、じゃねぇよ!? 寒いし凍えそうだし、でもニカから無いはずの魔力が出てるしでどうしようもなかったんだからな!?」
くっしゅん、と盛大にくしゃみをするフィル。あはは、ごめんごめん。
ジッと精神を研ぎ澄まして魔力の放出をやめようとするけど……んん?
「フィル、これどうなってるの?」
「どうなってるって?」
「私、自分から魔力が感じられないんだけど」
言えば、フィルが不思議な顔をしてから精神を研ぎ澄ますために目を瞑る。すぐに瞼をあげて、ますます不思議そうな顔をした。
「さっきまでの魔力が感じられない?」
「……すごく不思議そうな所悪いけど、移動しましょ。寒いわ」
フィルの腕を脱け出そうとしたけど、フィルがそのまま私の膝裏にも手を回した。はい?
「体冷えきってるから動かないだろ」
「いや、まぁ、そうだけど」
横抱きにする必要あります? はーずーかーしーいー。
バタバタ暴れてやりたいけど、フィルが言った通り、体は冷えきっていて、動かすのがぎこちなかったからやめる。
大人しくフィルに従って、アーシアさんのいる書斎にまで戻ると、歯の根をガタガタ言わせて凍えている私たちにビックリしたアーシアさんが慌てて近くにまで来た。
「どうしました」
「いや、ちょっと……とりあえず暖かくさせてください」
「応接室でお待ちください、毛布とお茶をお持ちします」
フィルが鼻をすすりながらアーシアさんにお願いをすると、アーシアさんはパタパタと書斎を出ていく。私たちも応接室の方まで移動する。
道すがら、フィルが私に聞いてきた。
「さっきの、一体何が起きたんだ?」
「ええーと、順を追って話すわ。まず最初に最後の手記に挟んであった魔方陣を解読したの」
「は?」
「え、だから魔方陣の解読」
「……あんた、頭が良いとは思ってはいたけど、そんなこともできんの?」
「まーね」
前世は学者ですから。
「で、その魔方陣には幻術を見せる魔法があった。それで私は、幻術の中でルギィの望みとペルーダの封印の方法を聞き出せたわ」
「え」
足が止まる。
「まじで?」
「嘘をついてどうするのよ」
「……俺の努力は」
「必要なくなった訳じゃないわ」
そう、手記だけじゃなくて沢山の魔法学書が置いてあった理由。たぶん、ルギィは今までにも何度か見込みのある人を見つけてはあの魔方陣に触れさせてきたのじゃないかしら。そうして、生の理を少しずつ解読させてきた。
フィルが再び歩きだす。
「ルギィの望みはペルーダを生かすことよ。でも、封印を解くだけでは、ペルーダはただの脅威にしかなり得ない。このあたりが複雑なのだけど……また後で話すわ」
「了解」
応接室まで来て、中に入る。ソファーに下ろされる。それから、フィルが自分の着ていた上着を私に被せた。
「フィル?」
「寒いんだろ。着てろって」
「でも、それだとフィルが」
「この間熱だしたばかりだろ」
うー、そのこと言われたら反論できないじゃないの。
大人しくそれを被ってやると、フィルは満足そうにした。でもその直後にくしゃみ。
「……」
「もー。一緒に押しくらまんじゅうしましょう」
くすくす笑ってフィルの袖を引いて、ソファに座らせる。それで、私はフィルの膝に乗ってと。
「……十五才がやることか?」
「あら、お父さんにはよくやるわよ?」
「子供かよ」
「子供よ」
まだ成人まで一年あるもーん。
 




