馬車に揺られて
夕方を過ぎて、日も十分傾いた。夜の帳が降りる頃になってようやくエンティーカを出立した。
アマリス村からサリヤ達の屋敷に来たら、アーシアさんが夕食の準備をしてくれていて。ご飯を食べた後、カリヤとサリヤが簡単に出立の準備。馬と馬車の点検とかね。
そうしてようやく出立。箱形の馬車の中で、私とアーシアさんが隣同士に座る。アーシアさんの目の前にサリヤ。わたしの目の前には私とフィルの荷物と怪しげな麻袋。フィルとカリヤは御者台に。お日様が名残惜しそうに沈んだし、一番星はとっくに上っていた。
エンティーカを出ると街道の一本道。暗いけれど、サリヤが作った魔法のランプのおかげで、馬を操るのにそう神経を注ぐ必要はなさそうね。
「情報交換するために呼んだのいいけど、正直交換するような情報ってないんだよねぇ」
唐突にサリヤがいう。ちらっとサリヤの方を見た。サリヤはぼけーとした表情で頭の後ろで腕を組んでた。なんだか無気力そうだけど、それでいいのか。
「僕らの開示した情報は正直あれが全部だし……トットは知らんぷりだし」
「あー……」
これには私もアーシアさんも苦笑する。ちょっとね、エンティーカを出るときにトットちゃんとサリヤが一悶着したからね。
トットちゃんを問い詰めようとしたサリヤを無視して、トットちゃんが私やアーシアさんの胸へ飛び込もうとするというね。挙げ句の果てには、夜の散歩をしに来ている通行人のお姉さんにまで飛び付きにかかろうと窓から飛び出す始末。フィルが風を操ってアーシアさんの持っていた籠に詰めたのをさらにカリヤが麻袋に詰めて黙らせた。時々麻袋がモゾモゾ動くのは中にトットちゃんが入ってるからです。
「私たちの方は、あのルギィの態度で分かったと思うけど」
「口固そうだよね、あの精霊」
げんなりしてるけど、本当にそれだから。だから私もフィルもほとんどなにも知らない。だって、グレイシアにだって話さなかったことなんだものねぇ。
「あの精霊以外にグレイシアが精霊を持ってたって話は? もしかしたら彼らがなにか知ってるかも」
唐突だったから、ちょっとだけ体が固まった。でも、それを悟らせないうちに硬直をほどいて答える。
「さぁ……。私も詳しいことは知らないし、彼らがどこにいるのかも知らないわ。ただ、三人のうち一人は大地の属性、後の二人はルギィの眷族だったはずよ」
「うわー……ほんとになにそのラインナップ。眷族ごと精霊を抱え込んだ上に、陰型の属性だけじゃなくて陽型の大地属性まで契約してるとか」
「聞けば聞くほど人間離れしているな」
サリヤのあとに続いて、カリヤが言葉を投げてくる。
まぁ……グレイシアが人間離れしているのは今に始まったことじゃないし……魔法使いとして人間離れしていたのはグレイシアだったけど、正直アレックスも騎士として人間離れしてたから。このメンバーの中でアレックスに会ったことがある人なんていないでしょうけど。
「ニカちゃんてグレイシアさんに詳しいのね。私なんか、サリヤとカリヤに教えてもらうまで知らなかったのに」
ガタガタと揺れる馬車の中身、アーシアさんがそっと呟く。聞き逃してもよかったけれど、そうするにはちょっと不自然な声の大きさだった。
「……お父さんの昔の恋人なんだって。昔、その人の手帳をうっかり捨てようとして怒られたの」
「なるほど」
「ふーん」
アーシアさんだけじゃなくて、サリヤも納得したみたいに頷いてる。嘘はついてない。彼らが勝手に解釈しただけ。たぶん、怒られたときに誰かからグレイシアの人となりについて聞いたんだろうと思われてるんじゃないかな。
それでいい。余計なことを言って自分の首を絞めたくないから。
「サリヤ、そろそろ眠ったらどうだ。月がだいぶ登った」
「そだねー。アーシアもニカ・フラメルも寝心地悪いけどちょっと寝たら?フィルレインは頃合い見てカリヤと交代してあげてねー」
「はいはい」
フィルがブラブラと手を振ってこちらに肯定の意を示す。
それを見たサリヤは頭まですっぽりと毛布を被る。まだ春とはいえ、深夜に差し掛かれば寒くなるからね。私もアーシアさんと一枚の毛布を半分こにして使う。アーシアさんの方にすり寄れば、月明かりに照らされたアーシアさんの笑顔に、私も思わず頬が緩んだ。お母さんとは違う、温かさを感じるの。
「アーシアさん温かい~」
「私よりニカちゃんの方が体温高いわよ?」
ぎゅーとアーシアさんに寄ってみる。二人でくすくす笑ってると、サリヤがぼそりと呟く。
「女子がいちゃいちゃしてるとトットがいつ飛び出してくるか分からないよー」
私とアーシアさんはぴたりと止まって、二人でもぞもぞと動きに動く麻袋を見る。時々「おーにゃーのーこー」と怨念こもった声まで聞こえてくるし。
ふわふわふわふわトットちゃん。枕にしたらきっと寝心地抜群だよなぁ。
「アーシアさん、トットちゃんぬいぐるみの作り方教えてー。私も欲しいの」
「あら。それなら王都ついたら私の実家へくる? 作り方ついでに、幾つかプレゼントしてあげる」
「ほんとー?」
やったー。
えへへ、と笑ってるとそらにフィルが追い討ちをかけるように呟いた。
「ニカって人になつくんだ……」
こらそこ。私を動物扱いするんじゃありません。




