ロリコンですか?
魔法使いグレイシア。天才的な魔法学理論の構成者だったけれど、心臓が弱くて夭折した少女。数々の魔法書を記し、その主な研究テーマは永久魔力機関の製作。医学にも秀で、魔法医学を発展させた彼女は自身の発作を魔法で度々抑えていたという。そこから発案された永久魔力機関のテーマは現在各地で研究が成されているが、グレイシア以上の発見・発明は無いと聞く。
儚い命だった彼女は一人の恋人に見守られて自邸で亡くなった。それはエンティーカ近郊の村であるアマリス村にあって……彼女こそが前世の私で。
正直、グレイシアの名前は聞きたくなかった。ただでさえ不安定な私なのに、これ以上グレイシアに引きずられてしまえば、今の私が剥がれてしまう気がするから。
だから私はこう言ってやった。
「……グレイシアって昔いたっていう魔法使い? 私より他の人に聞いてみたら? じー様ばー様あたりはきっと知ってるわよ」
「昔って言うほど昔じゃないんだよなー。ほんの少し前に一瞬だけ有名になったんだ。それ以来めっきり噂を聞かなくて、やっとこの辺りの出身だと聞いたんだけど……。まだ若い人らしいからおチビの親世代くらいだろ? 何か聞いたことねぇ?」
「さぁ。図書館に行って調べてみたら? 今は役人いないから図書館が住所録管理してるわよ」
何のためにグレイシアを探しているのかは知らないけれど、どうせろくなことはないだろうからね。ひらひら〜と手を振ってサヨナラ。
……したかったんだけど。
「なあー、おチビー。本当に知らないのか?」
「うるさいわね。ほらユート、戻っておいでー」
「なあー、おチビー」
「今度は何よ」
「本当は知ってるんじゃねーの?」
───はたと一瞬止まって、この不審者を振り返る。
「……なんでそう思うのよ」
「おチビ、一度も“知らない”って言ってねーもん」
出た、頭良いのか勘が良いのか分かんないけど、妙に鋭い奴。なんでこんな面倒なのに捕まるかなー。こちとら忙しいというのに。
「偶然でしょ。そんな言葉の揚げ足とっても意味ないわよ」
こーゆーのに限って嘘はバレやすい。良かった、嘘をつかなくて。付いてたらもっとしつこく聞かれたかもしれない。今も十分しつこいけど。
「んじゃ、二者択一で良いからさ。グレイシアの家って、知ってる? 知らない?」
「……あーもう、うっさい! あんたロリコン!? 私に付きまとっても何も出ないわよ!」
「は!? え、ちょ!?」
とか言ってると、あらまあ不思議。周りに人だかりが。私達を取り囲むようにしてひそひそと言葉を交わしている。
「ロリコン?」
「あらまあ人攫いかしらねぇ。自警団呼んでくる?」
「あー、今通報しに行った奴がいるぞ」
あー、まぁ、明らかに私が叫んだせいね。ポカンと間抜けな顔をした不審者を私は無情にも見捨てて、ユートを探しに行く。間もなく集まってきた人々にあたふたとしていたユートを発見。お姉ちゃんと一緒にすぐにこの場を離れましょうねー。
「お、お姉ちゃん、人さらいが出たって……」
「大丈夫よ。ささ、図書館に行きましょ」
人混みをすり抜けて、その場を立ち去ろうとした時、ふと視界の端に馬車が目に映った。立派な馬車。こちらへ向かってくる。
やがて、集まっていた人もそれに気づいて眉を顰めはじめた。馬車の屋根の上に小さな旗がはためいているのを見て、私も思わず眉を顰める。
ユートの手を引いて、こそこそとその場を離脱。
「お姉ちゃん、あの馬車なぁに」
「王都からの役人の馬車。厄介なものを見ちゃったわね。さっさと図書館行って、帰りましょうか」
「はーい」
本当にユートは物分かりの良い子。
それに比べてあのロリコン。気の毒ね、役人がその場に居合わせるなんて。恨むなら自分の思慮の浅さを恨みなさい。自警団なら注意くらいで済まされるだろうけど、何にも見てない役人はさてどうすることやら。
まー、私にしつこく付きまとうからこんな目に遭うのよ。ふふん、反省すればいいわ。




