正義はわがままに
お父さんにぷくうっと膨れっ面してやる。滅多にどころか、全くやったことないけど。娘になってから、ほとんど彼には抵抗しないで素直に言うことを聞いてきた。でもこれは譲れない。譲っちゃいけないこと。
ごめんねお父さん。わがままな私を許して。
誰も口を開けずにいると、ふいに誰かが乱入してきた。
「いいじゃないの。ニカは自分のためじゃなくて人助けのために行きたがってるのだから。それにもう十五だから旅に行かせてもいいじゃない。可愛い子には旅をさせよってね」
お母さん。
追加のお茶を持ってきたお母さんがお父さんに言い募る。
「いい加減に貴方も意地を張るのをやめたら? 昔のこと引きずりすぎると離婚するわよ」
「え、あ、その、それは困る……!」
お父さんが慌てた様子でお母さんを止める。やっぱりお母さんはお父さんがグレイシアのことを忘れないでいることを受け止めたその上で結婚してるんだ。
フラメル夫婦の痴話喧嘩もどきにフィルもマッキー兄弟も視線を交わして苦笑中。
「私だってもとは王都の人間よ」
「そ、それは分かっている。だが、男だらけの中にニカを放り込むなど……!」
「あ、そこ?」
呆れたようにお母さんが返す。
「そ、それにルギィの様子を見るやつだっていなくなるだろう?」
「あなたそれ、今取って付けたでしょう」
図星だったのか、お父さんは口をへの字にする。お母さんつよーい。
「王都行きの間、ニカの面倒を見てくれる女性はいます?」
「え? あ、うん。メイドを一人同行させます」
サリヤがお母さんにつられて敬語使ってるし。何かはたからみていて面白い。
「留守中、精霊はどうするんです?」
「そのことなんだけど、タレス殿に様子をうかがってて貰いたい」
「あのルギィがすんなり聞くと思うのか?」
お母さんの問いにフィルが答えてお父さんが反論する。
「留守番はニカに頼み込んでもらう。何だかんだでルギィとニカが仲良いし」
フィルは私たちの関係を仲良しと汲み取ったのか。間違っちゃいないけれど。喧嘩するほど仲がよい論法なら、あなたとマッキー兄弟にも当てはまるブーメランよ?
お父さんがぐぬぬ、と唸る。それを見たお母さんが呆れて繰り返した。
「ニカを花よ蝶よと甘やかすのは簡単だけど、ニカの性格的には自分から厄介事を背負っていくんだから、これくらいの試練を与えられたほうが成長できるとは思えない?」
ぐぬぬ、と唸り続けていたお父さんもお母さんのその言葉でようやく頷いて見せた。
「……分かった、許す」
よっし、言質とった!
マッキー兄弟も満足そうに頷く。けど、ここでお父さんが付け足す。
「だが覚えておけ。俺は役人が死ぬほど嫌いだ。お前たちも例外じゃない。フィルレイン殿も、役人とな関わらないように貴殿にニカのことを頼んだはずだ」
「うぐっ」
フィルが冷や汗たらたらこれはヤバイって感じだけど、起こったことは仕方ないわよー。
「そこで貴殿に罰を与えてもよろしいか」
フィルが可哀想なくらいに真っ青に。うーわー、お父さんも厳しいわね。
フィルが独り言のようにぶつぶつと念仏を唱えだしてる。
「罰ってなんだあの屋敷返せとか言われても今すぐには出ていけないくらいに屋敷の中荒らしちゃってるし俺が出ていったらルギィのことも手が足りなくなるしそもそも衣食住の住居どころか食まで一緒に消えるしああそういや今着てる服もニカに買ってもらったやつだから返さなきゃならないしあとそれから」
「フィル、落ち着きなさいよ」
ぱこんっ!と手に持ってたお盆で軽く頭をはたく。お父さんが苦笑してる。フィルが涙目になりながらも、さらに一言付け加えた。
「どうかご慈悲を!」
「いやまあ、罰といっても簡単なことなんだがなぁ」
ますます困ったように苦笑してから、お父さんは頭を下げた。あぁ、やっぱり。私にはお父さんが何を言うのか予想できている。
「ルギィのこと、ニカのこと、俺の手の届かないところのことを改めてお願い申し上げる」
そういったお父さんに、やっと冷静になったのかフィルが一瞬間を空けてから頷く。
「もちろんだ」
これでお父さんは攻略っと。
あんまりどころかすごく王都には行きたくないから、ここでもっと粘ってほしかったんだけどなぁとか本当は心の奥で思ってはいたけれど。
ルギィの命が天秤にかかってるし、こうなったということは、やっぱり私が請け負うべきことなのね。




