エンティーカの町
アマリス村から少し離れたところにエンティーカという町がある。アマリス村のような周辺の村々から人が集まってできた町には学校や図書館だけではなく、国から派遣された役人のための屋敷もあり、商団の通り道でもあるからわりかし賑わってはいた。
そのエンティーカの町の中央広場に出ている屋台の一つで、今は買い食い中です。お昼ご飯の代わり。手近なベンチに座って食べてる。
「ほらユート、落ちちゃうよ」
「たべにくいー」
「食べたいって言ったのユートでしょ」
ユートが渋い顔をしながらあーんと大きな口を開いて手元のそれにかぶりついた。
もちもちとした生地でレタスとハムと卵を特製のソースを絡ませて包んだガレット。普通なら折り畳むように包むのを、持ちやすいようにくるくると花束のように巻き込んである。クレープと呼ばれているそれは最近流行りのガレットらしい。
確かに食べにくいけど、困るのは最初の一口だけだったかな。ボリュームがあるように見えるから、どこからかじろうか少し困る。
もそもそと食べている間、ユートのお世話もしながら耳を人々の会話に傾ける。少しでも何か話している人いないかな。
……なかなか見つからないか。噂はやはり噂なのだろうか。こんだけ人通りが多いのに、知りたい噂を話す人は誰一人としていない。場所が悪いのかな。
一口クレープをぱくり。んー、とりあえず食べ終わるまではここで聞き耳を立ててよう、って、あ。
ユート、もう食べ終わっちゃった?
「お姉ちゃーん、あそんできていい!?」
「ちゃんと目の届くところにいるならね。私が食べ終わるまでいいよ」
「わーい!!」
ユートはダダダダッと駆けていく。遊ぶって言っても何も無いんだけどなぁ。それでも珍しそうに露店をのぞいてみては興味深そうにじっとみつめている。楽しそう。
クレープをあくあくと一生懸命食べていると、ちょうど通りかかったカップルが何やら耳寄りな話をしていた。
「……役人はいつ来るのかしら。もう何年もお屋敷が使われていなかったのに、今更お役人が来るなんて」
「あんまり早く来てくれないことを祈ってるよ。君がお屋敷に奉公に出て、うっかり見初められでもしたら大変だ」
「もう、私が愛してるのは貴方だけだから心配しないで」
イチャイチャしてるバカップルに思わず半眼になってしまうけれど、思わぬ話も聞こえた。女の人はどうやら役人のお屋敷へ奉公が決まっているようだった。ということは、役人の派遣は決まってるのかな。
何をしに来るかは知らないけれど、噂はこれに尾ひれが付いただけなのかどうなのかを確かめたい……まさかあのバカップルに訊くわけにもいかないし。
最後の一口を食べて、ベンチから腰を上げる。くしゃくしゃとゴミを丸めて、ベンチの隣のゴミ箱へ投げ入れた。
ユートに声をかけようと、足をそちらへ向けたとき、背後から声がかかる。
「そこのおチビ。道を尋ねたいんだけど、魔法使いのお屋敷ってどこだ?」
振り向くと背の高い男の人。お父さんと同じくらいで、私を見つめる瞳は綺麗なアメジスト。色素が薄くて瞬く星のような淡い金髪の持ち主が、私のすぐ後ろに立っていて。
魔法使い、という単語に私は思わず身構えた。この国の魔法使いはほとんど国に管理されていて、各地に派遣されている役人の約半分が魔法使いだから。だから魔法使い=役人という方程式が成り立つのは当然で、わざわざこの良くない噂の立っている状況下で役人の屋敷を訊かれるのは何やらワケアリか。ぶっちゃけ関わりたくない。
「お役人さん? それならこの町一番の大きなお屋敷だからすぐ分かるわよ。今、いるかは知らないけど」
「あー、違う違う。そっちじゃなくて魔法使いグレイシアのお屋敷を探してるんだよ」
踵を返そうとした身体が反射的に止まる。
「ぐれい、しあ?」
どくん、と鼓動がはねた。