水と風の精霊
フィルに連れられて玄関から屋敷に入る。フィルが入り口の妖精のレリーフに光魔法をかけた。普段はルギィが魔力を屋敷に巡らしていたから明かりをつけることに手間を省くことはなかった。屋敷がずっと明るかったから、地下の倉庫を掃除するまで、フィルもこのレリーフの使い道を知らなかった。
「ルギィは?」
「グレイシアの部屋」
言われるがまま、グレイシアの部屋に向かう。近づく度に、嫌な鼓動が耳に響く。
……ルギィには死という概念はない。精霊だからただ消滅して自然に還るだけ。それは尊いことなのだと昔、ルギィ本人が言っていた。私は、グレイシアは大抵納得できなかったけれど。
でもルギィが消滅するのは今じゃない。
「待って、フィル」
グレイシアの部屋のドアを開けようとしたフィルを制止する。
私はポケットから小さな巾着を出した。
これはフィルからもらった精霊石を封印してある巾着。私は中から薄荷色のペンダントを取り出した。
「いいのか、ニカ」
「どちみち逃げられないし、この状況で目を背けてなんていられない」
きっぱり言い放てば、フィルはぽんぽんを私の頭を撫でてきた。
「何よ」
「強いな、ニカは」
その言葉を、私は否定したくなった。
私は強くなんか無い。ずっと過去にとらわれ続けている弱い心の人間。そんな私を強くしてくれるものがあるとするならば、フィルの優しさ。私が過去と向き合えるように無意識に手を貸してくれるフィルの思いやり。
なんだかなぁ、嫌なやつとか思ってたんだけど、一緒に過ごすうちにほだされちゃったなぁ。
「じゃ、入るぞ」
私がペンダントを首にかけたのを機に、フィルは部屋へと繋がる扉を開ける。静かに軋んでドアは開いた。
まず、目に写ったのはバルコニーへ通じる大窓。それから左手側にベッドとドレッサー。
そして右手側にあるソファーと、そこに横になって眠っている麗人。
陽だまりを感じさせるようなブロンドヘアーはフィルよりもちょっと濃い色で、ふわふわな癖ッ毛を足首に届くくらい長く流している。閉じられた瞳の奥には綺麗な薄荷色の瞳が隠れていて、肌は陶器のように真っ白。
纏っているのはローブ一枚だけのように見えるけれど、下はどんな服を着ているのかしら。
「おい、変態。起きろ」
「ちょっとフィル。ルギィのどこが変態なのよ」
「あんたは知らねーだろーけど、こいつ、ローブの下はなにも来てねーんだよ」
はい?
「裸なの?」
「おう」
うえええ、なんでそんな事になってんのよルギィ。グレイシアがいたときはそんな事無かったじゃない……。
じゃなくて!
「服は後で着させるとして、今はどうしてルギィが眠っているかよ。フィル、魔力の通り道分かる?」
「お、おう。ちょっと待ってろ」
フィルはちょっと驚いたように目を丸くしたけれど、すぐに頷いてくれた。
フィルは目を閉じて精神を統一する。魔力の流れなんて日常的には見ようとしないから、少しだけコツがいる。魔法を使うなら、初歩中の初歩だけれどね。
「……魔力がどこかに向かって一直線に伸びている。反発してる気配はない。静かに整った流れだ」
その言葉の指す意味。それは、
「───ルギィの魔力がどこかに供給されているのね」
それも、ルギィ自身の意思で、自己を危うくするほどに。




