驚いてる場合じゃない
「ちょっと! どーゆーことよ‼」
「どーもこーも、こーゆー事」
私はフィルに抱かれてふよふよと宙を浮いて家に向かっている真っ最中。その道中にたった今起きた出来事に対してフィルを問い詰めていると、フィルは視線を前に向けたまま白状した。
「ニカがアレンと踊るのを嫌がっただろ? タレス殿に相談したらこうしろって指示があってさ。アレンにも伝えて決行したんだよ。すごいなタレス殿。あの見てくれですげー演劇派だったな」
「……その服はどうしたのよ」
「一旦帰った。服の事はアレンに話してなかったからなかなかの驚きっぷりだったろ?」
あの驚き方はフィルの策略ではなく素であったてことか。さすがになにも心構えしてないとあの登場にあの衣装は驚くわ。で、アレンがすんなりフィルの指示に従ったのはよく分かった。
でも!
「なんでフィルがこんなことするのよ」
「あんまり顔が知られてないから?」
不信感しかないわよ、その理由。
顔が知られていないと言う理由だけでは詰めが甘い。計画たてるなら完璧に練らないと。失敗したときに怖いわよ。
「危ないわよその発想。顔が知られていないと、今度は私が人拐いに遭ったってなるわ」
「そこはうまくタレス殿が対処してくれるさ。そんなことより、ニカ」
そんなことって……私にとってはだいぶ大きな事なんですけど?
まぁ、いいけれど。フィルのお陰であの居心地の悪い場所から開放されたし。今回は見逃してあげる。次、私に内緒で馬鹿な計画立てたら許さないけれど。
それで?
「こんな大事よりもさらに重要なことがあるの?」
「ある」
フィルは大真面目にうなずいた。その反応に私も顔を引き締める。過ぎたことはもう言及しないけれど、今度は別の問題が浮上していたみたいね。でも、ここで話を聞くのは得策じゃないかもね。
「……分かった。今じゃなくても良い? 空飛んでるこの状態だと舌を噛みそうだから」
「良い。それに、言うより見てもらった方が早いし」
へえ?
そんなに説明が難しいことなのかしら。
フィルは夜風の中、服の裾をはためかせて流れ星のように空を飛んだ。きっと地上から見たら尾を牽いて星が流れたように見えたでしょうね。フィルのこの衣装は全体的に白いし。
距離も近いからか、それともフィルの飛ぶ速さが速かったのかは分からないけれど、あっという間に屋敷についた。
屋敷は出掛けたときのまま、静かに静まっている。どこもおかしな事はない。
不思議に思っていると、フィルは玄関のアーチの前に立った。わざわざ庭から入らなくても良いのに。そのまま玄関の目の前まで飛べば楽じゃないかしら。
でも一歩、アーチを潜った瞬間に違和感を覚えた。
「……?」
どこがおかしいのか分からない。でも妙な違和感だけはある。長年暮らした勘が信号を発信している。
ぐるりと庭を見渡した。それから空を見る。月の位置から、今はまだ夜のはじめ頃。お日様が沈んでだいぶ時間も経っている。周りは真っ暗。
なのに灯りがつかない。
アーチにはランタンがある。そのランタンに火が灯らない。これはルギィの役目のはず。結界に人が入ったら、ルギィが火を灯して足元を照らしてくれる。
「ランタンが……」
「ニカにはルギィが見えないからな。ルギィの状態を教えるにはこっちの方が有効かと思って」
そ、そんな悠長なこと言ってる場合!?
「ルギィはどうしたの!」
「眠ってる。それもだいぶ深い。結界が剥がれてるんだよ、今、この屋敷は」
なんですって……。
あのルギィが結界が張れないほど弱体化してるというの……? 回復のために眠ってしまうほどに……?
グレイシアが生きていたときはそんな事、一度もなかった。そんな弱ったルギィは見たこと無い。あの水と風の精霊はいつも悠々とした態度でグレイシアのそばに侍っていた。
一度だけグレイシアを庇って大怪我を負ったこともあったけれど、その時だって平気そうにグレイシアの側を離れなかった。
そんなルギィが。
「……何が、原因なの」
ルギィの身に何が起こっているの?
 




