求婚なんてまだ早いです
私の後ろにいたお父さんがアレンの前まで来る。アレンはきちんと成長しているものの、やはり十五という年のせいでお父さんよりは身長は低いんだよねぇ。
因みに成人前の年に花を贈るという行為。それはばっちり結婚の予約、つまり婚約の申し込みですね。
「アレン君、事情は知らないが、うちの娘を貰うなら覚悟しないとなぁ」
「何だよ、おっさん」
「うちの娘はあれだぞ? 色気もないし、学校に通わせていない割には賢いし、誰に似たのかずっと達観した考えを持ってるし、何よりもそんな大人びているニカは未だにパパっ子だ。そんな娘を貰うんだから、それなりに今後の生活も考えてだなー」
「やかましっ」
ドスッと。横腹に思い切り拳を入れて上げました。いやー、お父さんは私のことを年不相応だと言いたいのかしら。確かに間違っちゃいないけど、あなたの口からは聞きたくないかなー。何だか私まで老け込むような気がするし。私まだ十五歳よ。精神年齢換算は受け付けておりません。
「それにこう、手も早い。それでも嫁にと言うのなら……この父を倒して行け!」
どどーん。
ドヤ顔で腕を組んで仁王立ちとか、一度やってみたかったんだろうねというのがひしひしと伝わってくるんですけども。いやね、こんな白昼どうどうそんな事やられてもね。……周りに人がいなくて良かったかな。
とりあえず恥ずかしいので、もう一度拳を横腹にぶちかましておきます。
一瞬きょとんとしていたアレンだが、ふと思い出したかのように私の方へと振り向く。
「おっさんはともかく、ニカ、さっさとこれ受け取れ!」
「だから嫌だってば。何であんたとの婚約を受け入れなくちゃいけないのよ」
「お前知らないのか? 今度町にくる役人が、まだ未婚の奴を集めて召し使いにするって話。町じゃその話で持ちきりだ!」
なにそれ。そんな噂いつの間に……最近町に行ってなかったから知らなかったわ。
「ばっかじゃない。それがなんであなたと私と婚約するって話になるのよ。奉仕に行くか行かないかは私が決めるし、それに私はまだ成人前。子供を連れてっても意味ないでしょう」
やれやれと腰に手を当てて言い返す。お父さんだってそう思うはず……て、え? お父さん?
「アレン君、それを誰から聞いた」
さっきまでの仁王立ちをやめて、真剣な眼差しでアレンを問い詰めるお父さん。ちょっとちょっと、どういう事。
「だから町だってば! 町の噂!」
アレンは素直に答えるけれど、お父さんの欲しい言葉では無かったようで。
お父さんは厳めしい表情で私とアレンの顔を交互に見ると、ふむと少し思案する素振りを見せる。何々、どうしたのよ。
「……ニカ、今日はもう帰ろう。アレン君、君も気を付けて帰るんだ」
「は……?」
「ちょっとお父さん!」
お父さんがぐいぐいと手を引っ張って、帰ろうとする。アレンが惚けて手から花を落としたのが見えた。
「あ、アレン!」
その姿があんまりにも哀れだからついつい、私は声をかけてしまった。だって相性悪いのよ私たち。会えばあったで口喧嘩。それなのに私を心配して求婚してくれるのよ。何か返して上げないと、って思うじゃない。
「私、あなたと婚約をするつもりは無いわ! でもね、それ以上に今は村から出る気も無いから!」
アレンに言って、お父さんにも言う。
「お父さん、私は何処にも行かないわよ。それにあれは噂なんでしょう? お役人も私みたいなちっちゃい子、お呼びじゃないわ」
お父さんが立ち止まった。
「……そうだな、噂だもんな」
お父さんはそう言って、また私を片腕で抱き上げると肩に乗せてくれる。
「本当にお前は軽いな……。羽でも生えてるんじゃないか?」
「何言ってるの。私は人間よ。お父さんとお母さんの娘なんだから」
何だか上から見た姿が寂しそうに見えて、家に帰るまでずっとお父さんの頭を撫でてあげた。
昔のこの人はこんな弱り切った姿を私に決して見せなかった。きっと私の方が先に儚くなってしまうと分かりきっていたからだと思うけれど。
娘ながらにお父さんを守って上げたいと思うのは、傲慢な想いだろうか。