みゃーむ
私がフィルの元へ来て早数日。
最初の二日に比べて随分と穏やかな時間が流れていた。
朝起きて朝ご飯を食べ、午前中は私が家事をしてフィルは畑仕事。お昼を食べて、午後は私は夕食の仕込みをしつつ刺繍仕事をしてフィルは研究に没頭。夕飯を食べてからは二人とも自由に過ごしてる。ルギィはご飯の時以外には見かけない。私が見えないからだけど。
只今私は絶賛夕飯の仕込み中です。今日はビーフシチュー。野菜とお肉をごろごろ切って、お肉を灰汁抜きして、調味料用意して、じっくりコトコト煮込む。ビーフシチューの濃い味が漂ってきたら、出来上がりのサイン。一度火を止めて、夕食の時に火を入れるまで放置。
ぐぐっと伸びを一つ。
さーて、針仕事しますか。今日はレースのカーテンへ花の刺繍をします。結構上等な布だから収入には期待出来そうな仕事なのよね。
自分の部屋に引っ込んで、仕事道具を引っ張り出す。イスを窓辺に寄せて、作業する手元にお日様を通す。
換気のために開けていた窓からそよそよと風が吹いてきた。春の風が颯爽と通ってきて気持ちいい。
「うわぁぁぁあぁぁ」
……何だか平和に似合わない悲鳴が聞こえたんですけど。
今の悲鳴、フィルだよね? 今って研究してる時間じゃないの? もしかして何か失敗でもした?
とか悠長に構えて針仕事を続けていると。
『みゃーむ』
猫のような、でも何かちょっと違うような声が窓から聞こえてきた。
「あら?」
窓を見れば、青い猫が窓にいた。キィンと身体を鳴らして部屋へと入ってくる。
『みゃーむ』
一声鳴いて、青い猫が身をすり寄せてくる。あ、この子宝石でできてるのね。不透明な石で出来ているのにも関わらず、滑らかな作り。フィルが作ったんだろうけどなかなかに上手いわね。
『みゃーむ』
足下でごろごろとしている猫をちょいちょい撫でてみる。中くらいサイズの宝石を使ったのかな。拳より小さい猫はとても愛らしい。
『みゃーむ』
手のひらを広げると乗ってきた。可愛いなぁ、もう。
思わず顔を弛めると、廊下から雄叫びが。
「くぉらぁぁぁ!! どこ行った石猫野郎!!」
「……あなた、飼い主が探してるわよ?」
一度、廊下に通じる扉に顔を向けてから、もう一度猫を見る。猫は気ままに毛繕いしてる。うん、毛無いけど。
うーん、ほっといても良いけど駄目だよね。たぶんこの子、フィルの実験中か何かに飛び出してきた子だろうし。
「飼い主の所に戻りましょうね」
針とカーテンをそのまま傍らに置いて、猫を両手で掬った形のまま、ドアの方へ歩み寄る。うーん、針はやっぱり針山に刺しておこう。危ないし。
一旦手をかけたドアノブから離れて、テーブルの上に置いてあった針山に刺繍針を刺す。これでよし、と。
「さ、行きましょうか」
と、再びドアノブに手をかけたところで、ぴょんっと猫が手の平から飛び出した。
───chu♡
……。
…………。
……………………………。
「くぉらこのバカ猫ー!」
キスされた! キスされたんだけど口に! 私のファーストキスがフィルの猫に奪われたんですけどっていうかこれ明らかにフィルの魔力が通ってる魔具の一種だから間接的にはフィルにキスされたと認識してもよろしいのでしょうかもう本当に冗談じゃないって言うか何つぅ魔具作ってるっていうか、
「はぅぅぅぅ」
ヤバい、何か一瞬のうちに色々考えてたら頭パンクする。落ち着け、落ち着け私。魔具に意志は無いんだから石だけに……笑えない。
頭を抱えて座り込む。なんかもふもふと癒し系の手触りがして少し安心した。
……え。
あの、その、ちょっと今、触った物の感触が信じられなくて、ドレッサーの鏡を覗きに行く。うそ、まさかまさかでしょ。
「……うっわぁ…………」
ぴんっとふあっふあっのネコミミが私の頭に生えてるのを見た瞬間、夢だと思って意識を手放したくなった。
視界の端でひょろんと尻尾も見えちゃって。……どうしよう。




