薄荷色の優しさを
「おーい、ニカ。寝てるのか?」
誰かの声が私の名前を呼んだ。
ぼんやりと目を開けてみれば、見覚えのあるシルエット。
「お、起きたか。こんな所で寝てると風邪引くぞ」
「……フィル?」
「おう」
あらやだ、今何時? 私、寝ちゃってたのね。ソファを占領して寝てたみたいで、悪いことをしちゃったかも。
テーブルの上を見るとピザはなくなってた。フィルが食べたのかしら。良かった、無駄にならなくて。
時計は……と。首を伸ばして壁に掛かってる時計を見ると四時。二時間くらい寝てたのね。
フィルが私から離れて、お茶のポットとティーカップのセットをテーブルに持ってきた。
「飲むか?」
「……うん」
んー、まだちょっとぼんやりする。寝起きは良いはずなんだけどなぁ。
それにしてもお昼寝なんて何時ぶりかしら。フィルを待ってたら、ついうっかり寝こけちゃったのよね。
「……フィル、怒ってないの?」
今のフィルは至って普通だった。帰ってきた時みたいな刺々しさもない。絶対に怒ってたはずなのに、何事も無かったように接してくるから、戸惑う。
フィルはお茶に砂糖と蜂蜜をそれぞれの適量で入れる。私のにはミルクを入れるのも忘れなかった。
フィルは私にティーカップを差し出して言う。
「あんたは賢い奴だから、十分反省はしたんだろ? 泣いたか? 目元、赤くなってる」
泣いた?
慌てて手で瞼を触ってみる。あらやだ本当。僅かに目元が熱を持ってる。
でも、思い切り泣いた記憶は無い。寝ながら泣いたの? なんて器用なのかしら私。……じゃなくて。
「ごめんなさい、フィル。次から気をつける」
「そうしてくれ。あんたがしっかり者だって事は知ってる。今回の事は珍しいケースなんだろうけど、油断はすんな。役人でまだ良かったけど、これが人買いの奴らだったらシャレになんねーからな」
「……うん」
フィルは自分のティーカップを持っている手とは反対の手で、私の頭をポンポンとした。私の手の中のミルクティーが波を立てる。
「それにしても何でまたあいつらに目を付けられたんだ? しかもルギィまで」
私は一瞬、言葉に迷う。どこまでを言って、どこまでを話してはいけないかをよく考える。
「えっと、役人はルギィに話があるみたい。ややこしい話なんだけど、ルギィからこちらへ話す事がない限り、私は放っておくつもり」
「その話の内容はを聞いても?」
んー、誰にも話さないって言ったけど、フィルも無関係じゃないしね。今、ルギィを見れるのフィルだけだし。
ぽつぽつとペルーダの事を話せば、フィルは目を丸くしてから微妙な顔をした。
「あの馬鹿、何抱えてやがるんだ……」
「本当かどうかはまだ分からないわ。だから、ルギィが何か言うまで知らんぷりしておいて」
「そうだよな。教えろって言って教えてくれそうな奴じゃねーしな」
たった数日でルギィの性格を理解したとか、さすがね。
「あ、そうだ。これ、渡しとく」
ごそごそとフィルがポケットから何かを取り出す。
差し出されたのは薄荷色のペンダント。何だか今日はペンダントと縁があるわね。
「薄荷色の石、どうしたの? アクアマリン?」
「違う。精霊石。さっきの騎士のを見て気づいた。この石はルギィの精霊石だ」
ルギィの精霊石。
その言葉で気づいた。
昔、ルギィと出会ったばかりの頃に、グレイシアがお父さんに渡した魔具のレシピに、ルギィの精霊石を使った物があった。それの効果は、まさに騎士が渡してきた精霊石のものと酷似していて。
「これを持っていれば、ルギィといつでも話せるぞ」
ああ、もう、本当にフィルは……。
嬉しいし、ありがたいけれど、私はふるふると頭を振る。
「ありがとう。でもフィル、私はルギィに会えない。私はまだ、面と向かって話す勇気はないの」
静かにそう言えば、フィルはあっさり頷いて。
「そう言うと思ってこっちも。この巾着の中にペンダントを入れてる間は精霊石の効果は封じられるから。必要な時になったらここから出せばいい」
小さな小さな巾着にペンダントを入れて、フィルは私に握らせた。
「あんたらのタイミングで話し合え」
ついでとばかりに頭をわしゃわしゃとされる。それなのに怒る気にならないのは、きっとフィルの優しさのせいね。




