服の方が心配
扉を開けるとドアベルが鳴って、店員さんがにこやかにこちらを振り向いた。
「いらっしゃいま……せ?」
うん、店員さん驚かせてごめんなさい。息を切らせて入ってきた女の子とその後ろからすまし顔を覗かせる成人男性の図に驚くのは無理もないと思います。結局、フィルを振り払うことはかないませんでした。やっぱ日頃から運動してないと駄目ね。
目を丸くしてる店員さんに目配せしてほっといても大丈夫だと伝えると、どうやら伝わったようで店員さんは自分の仕事に戻った。ごめんなさい、騒がしくて。
ゼハゼハとせわしない息を整えて、私はフィルを振り向く。まだ十分息が整っている訳じゃないけど、だいぶ楽になったから良いや。
「フィルはここで十着くらい服を見繕ってて」
「そんなにいらねー」
「どうせ滅多に服なんか買わないんでしょうからそれくらい必要よ。普段着五着、よそ行き用二着、作業着二着は最低必要よ。それ買うまでお店出ちゃダメだからね」
それでもそんなにいらないと食い下がるフィルに、洗濯が乾かないときやその場にあった服装の大切さを説いて何とか納得させる。納得はしてくれてはいないだろうけど、とりあえず頷かせることには成功。
「でも金がそんなに無いだろ」
「今日の買い物分のお金はあるわ」
「どこからそんな金が」
しれっと言ってやるとフィルは目を丸くした。それから眉をひそめたから、仕方ない、補足説明をしてあげよう。
「さっきのカントリー商会で屋敷にあった宝石を数個と私の一週間分の刺繍仕事代を換金してもらったの。これでお買い物は十分できるわ」
「はっ!? お前いつの間に!」
フィルがスーデンさんに捕まってる間にね。ちょっと別の窓口に行ってね。どうせフィルには手持ちのお金なんてほとんど無いだろうから、私がどうにかしないといけないでしょう?
「幾らだ。俺がその分払い戻すから」
「宝石勝手に売ったことなら謝るわよ。でもちゃんと在庫の多そうな奴から持って行ったから」
「違う。総額。こういうのは俺が本来やるものだろ? 全然気がつかなくってごめんな」
「は? 何か勘違いしてるみたいだけど、これは必要経費よ。どちみち刺繍だっていつか売るつもりだったのが早まっただけ」
「だけど」
「つべこべ言わず、さっさと買ってきて。主人ぶるのは良いけど、今は無理でしょう。それが嫌だったら早く生業見つけてね」
さすがに店内で暴れられないので、フィルの背中をぐいぐい押して店の古着コーナーへ行く。
「はい、これ服代。これで必要な服買って。明日と明後日の分は持ち帰りで、それ以外は配達して貰って」
フィルに幾らかお金の入った袋を渡して私は店を出ようとする。
「あれ、ニカは?」
「明日の分の食料買いに。カントリー商会の配達は明後日からになるらしいから」
フィルが服選んでいる間、暇だからね。そういえば、フィルは少し顔を曇らせた。
「危なくね? 俺も行く」
「却下。必要なし。ここにいて。スーデンさんの話を聞いて着いてくるつもりなら心配ないわ。大通り通るから人攫いにも出くわさないわよ。フィルは大人しく服を買ってなさい」
「でも」
あーもう、さっきからデモデモうるさい! そんなに心配ならさっさと買い物終わらせる努力しなさいっ。
昨日、今日のフィルはすごい過保護な気がするんだけど、気のせいじゃないよね。何か心配してくれてありがとうを通り越して、もはやうざい。お父さんからちゃんと面倒見るように言い含められてるのかしら。あんなに言いたい放題言われてるのに、私って皆が思ってるほど子供じゃないことを分かってないのかしら。
確かにね? 最近の私はちょっと情緒不安定だったかもしれない。ルギィの事とかグレイシアの事とか、フィルが来てから目をそらしていたものを直視しなくちゃいけなくなったから、私はフィルに対して、ちょっぴりきつく当たってた。それなのに心配してくれるのは何だか申し訳ないけど、そもそも貴方が来なかったらこんな想いしなくて済んだんだから余計なお世話。
はぁ、と溜息。何だか落ち着かないし、もやもやする。あんまりフィルとは居たくないなぁ。




