恋愛事は結構です
開いた口が塞がらないとは当にこのこと。スーデンさん、何言ってるんでしょうね?
と、どうやらようやく言われた事を理解したフィルがぶんぶんと首を振り始めた。
「いやいやいや、マジでないから。あり得ねーから」
「なんでぇ? ニカちゃんほどの器量良しはいねぇぞ? ほら、こないだだってアレックスの所の坊主に求婚されたって聞いたが」
何でその事知ってるのよ、スーデンさん。
「タレスがなぁ、もうニカも結婚する年になっちまったのかと、こないだ飲んでた時に言っててな」
うん、実際には婚約ですけどね。しかもそれ、受諾してないしね。
だからってさすがに出会って三日の男とも婚約はしないわよ? しかも年の差。七つも違うじゃない。まぁ、精神年齢的には私の方が上かもしんないけど。
いやでも、フィルと婚約とか絶対にあり得ないから。お父さん至上主義ですから。
「ニカちゃん良い相手、誰かいねーの? 親孝行してやらんと」
「お父さん大好きなので恋愛関係は間に合ってます」
「相変わらずタレスが大好きだな。娘冥利に尽きるわな、タレスは。それに比べうちの娘共は……」
あー、スーデンさんの所にも娘さんいたっけ。私より二つくらい下の姉妹が。
「ニカちゃんじゃなくても、フィルレイン殿はどうよ? ニカちゃんマジで良い物件よ? 主従の禁断の恋とか萌えね?」
「いや、あんまり興味ないっていうか、ニカと結婚したら毎日のようにナイフ投げられそうというか」
「え、何、ニカちゃんて鬼嫁の卵?」
「出会った初日に殺されるかと思いましぎゃ!?」
「あーらごめんなさい、ペンが滑ったわ」
狙い的中でペンがフィルのこめかみに。だめよー、そんな込み入った事情話したら。それにあなた、殺しても死なないでしょう。
「早速ニカちゃんに尻にしかれとるのか、フィルレイン殿」
「てか、ニカの手が早いだけ」
「スーデンさん、もうちょっと尖ってるペンない?」
「すんませんすんません、何でもないです」
分かればよろしい。
フィルに向けてたペンをおろして、スーデンさんに向き直る。そもそも何でスーデンさんは私の結婚を急かすのよ。親でもないのに。何かあるの?
「ニカ、あんた本当に俺の扱い酷いな」
「気のせいじゃない?」
フィルはちょっと静かにしていてね。
「スーデンさん、何でそんなに私の行く先が気になるの? お父さんに何か言われた?」
「いんや? ちょいと最近噂になってることがあってな。何でも商会の上の方がヤバい仕事してるらしくて、俺らも気になってんのよ」
「ヤバい仕事?」
何々、なんだかすごく不穏な雲行きになってきたのだけど。フィルも書類を書き込む手を止めて何やら聞き入ってるし。
「何でもどこぞから娘たちが商会に売られてくるんだと。しかも決まって未婚で婚約もしてない奉公にも出ていない成人前の娘が。商会の上の方で取り引きされてこれまたどこぞへ行くらしいんだが、そんな噂を聞いちまうとなぁ」
売られていく娘ねぇ。しかも未婚で婚約もしてなくて奉公にも出ていない成人前の女の子。わぁい、ちょっと前の私にドンピシャじゃないの。
でも今はフィルのところに奉公にでてるから、あまり関係ないと思うんだけどな。あ、もしかしてスーデンさんからその話を聞いたお父さんがその為に私をフィルの所へやったとか? いや違うか。あれは町に来ている方の役人対策だったっけ。あれ? 村長さんの結婚対策? ……まぁ、どれにせよ状況は変わらないけど。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
「そうは言ってもなぁ。奉公なんて雇い主から解雇されたら仕事なしだろ? ニカちゃんがもし万が一危ない目に合わないためにもやっぱり結婚が手っ取り早いだろうと」
「そんな理由で生涯の伴侶を決められても困ります」
私、結婚するつもりなんてさらさらないし。だって私は、グレイシアは、あの人をまだ想ってる。それを見捨てては置けないわ。
「ま、そういうわけだからよ。フィルレイン殿、ニカちゃんに尻にしかれても文句言わず雇ってやってくれ。少なくとも、この噂が無くなるまでは」
「あ、そこは大丈夫です。俺、グレイシアの屋敷に住まわせて貰う代わりにニカを雇うっていう条件でタレス殿に屋敷を借りてるから」
え、私って家賃料代わり状態?
「そうか、ならいいよ。それで書類は書けたか? 書けたらくれよー」
そうでしたそうでした。当初の目的を忘れるところでした。
慌ててペンを滑らせる。それにしても最近の世の中は物騒ねぇ。




