家族になれ
「『貴女はまだそんな事を考えていたのですか』だとさ」
「フィル」
廊下に立っていたフィルの前でルギィは止まった。お盆の上のカップがカチャンと響く。
「部屋にいるんじゃ……」
「そんな大騒ぎしてたらさすがに気付くって。で、何やってんだ。おたくらコミュニケーション取れないくせしてケンカとか器用だな」
「私は悪くないわ。ルギィが私の仕事取るから」
「『理由を探すくらいなら何もしないでください』だと。理由って、ニカ、何か言いたい事があるのか?」
そんなの、言えるわけないじゃない。私がこの場所にいるための理由を探してるなんて。私が生きるための理由を探してるなんて。
「ニカ?」
「……何でもない。お茶、ルギィが持ってるからご自由にどうぞ」
気付かれないにはやり過ごすのが一番。私は階段を足早に降りていく。
「ちょ、待てってニカ!! ルギィ、あんたはお茶持って部屋行ってろ! あ゛あ゛? あんたが来るとややこしいから黙ってろ!!」
上で今度はフィルとルギィがぎゃあぎゃあ騒いでるけど私は無視。付き合ってらんない。
「んで、ニカも待てって」
すたんっと階下に飛んだフィル。ちょうど、私の目の前を塞ぐように。
怪我無く軽やかに着地したフィルの服や髪が、不自然にたなびいている。たぶん、魔法でも使って飛んだのかな。補助なしで私の頭上を越える大ジャンプなんて無理だし。
「待てって」
「待たない。今日の用事はもう終わったんでしょう。もう寝るわ。明日は出かけるんでしょう、おやすみ」
「だから聞けって」
腕を引かれれば立ち止まるしかないじゃない。
何よ、フィル。私に何を言おうというの。でもお生憎様。私は絶対にあなたの欲しい答えをあげられない。
「お前は色々隠しすぎ!! 俺は別にあんたが隠したがってることは詮索しないから安心しろって」
……はい?
「どういうこと?」
「言葉の意味そのままだ。ニカが隠したいなら聞かねーよ。ルギィとの関係だって初っ端から大パフォーマンス見せてくれたからさっき話してくれたこと以上に何かあるんだって察しもついてる。だけどそんなよそよそしくすんな。これから一緒に住むんだから気まずい雰囲気は嫌だ」
そんな簡単に、あっさりと。それができたらこんなに悩まないわよ。
「ニカとルギィの間に何があったかも聞かない。だけど、仲良くしろ。ここで住むからには皆、家族同然だろ?」
言ってることがめちゃくちゃだよフィル。家族って。
「同じ家に住むからって家族とは限らないわよ。現に私はあなたに雇われているという形でここにいるもの。家族じゃなくて使用人よ。何なら敬語でも使いましょうか、御主人様?」
「やめろ気持ち悪い。いーの。俺は家族が欲しいんだし。孤児だった俺に免じて家族になれ」
「何その理屈。そっちの方が気持ち悪いわよ、お巡りさーん」
「二日ぶりだなそのネタ!!」
いや、今のはマジで気持ち悪いから。幼女誑し込める変態の図だから。
「まぁ、そーゆーことだからルギィと仲良くしろよな。あくまで使用人って言うなら主人命令」
異議有り!
「ルギィと居るくらいなら私が出ていく」
「え、何、そんなにルギィの事嫌いなのか」
いや、違うけど。そんなんじゃなくてね。
「私がいるとルギィに迷惑がかかるから。せっかく新しい住人であるフィルが住むことになったのに、私がいてはルギィに悪いわ。夕食の時みたいに変に気を遣わせてしまうもの」
見えない私に気を遣うのは相当ストレスが溜まるはず。それならいっそ役人の屋敷に奉公に出た方がマシだわ。誰にも迷惑をかけなくてすむ。
きっとお父さんやお母さんを困らせてしまうけど、元々一年と決めた時間の中でやるはずだった親離れが早まるだけ。誰にも知られずひっそり暮らすには何処かへ奉公に出る方が都合もいい。
「お前、本当に年不相応な考え方してんな。まだ成人してないだろ。なら子供だよな。子供は大人に甘えるべし。まだ他人の事に気を回さなくたって良い時期だろ」
「子供……」
ねぇ、フィル。私は本当に子供なの? 前世の記憶を引き継いだ私は、体は子供でも、心は大人。子供でいたくても、理性がそれを押し止めてしまうのよ。そんなどっちつかずの私は本当に子供なのかしら。そんな風に知ったような口をきかないで。私を子供だというのなら、そんな難しい話をしないで。
他者に気を回さない生き方なんて、できるわけないじゃない。




