紅茶は砂糖たっぷりで
食後に紅茶を入れてダイニングへ。砂糖壺と蜂蜜の小瓶、温めたミルクも一緒に。
フィルは紅茶に砂糖と蜂蜜をたっぷり。私はお砂糖とミルクをいっぱいに。昔から甘い物が大好きで、紅茶の色はいつもまろやかだった。今日もいつも通りのミルクティー。
「ふぅ、紅茶なんていつぶりだろ」
「その蜂蜜の量、もはや紅茶じゃないわよね」
「あんただって紅茶の香りのするミルクじゃねーか」
どうやら二人とも甘党らしい。目線があって、二人ともくすくすと笑い出す。
「どれくらい旅をしていたの?」
ミルクティーに口を付けながら尋ねた。互いにこれから一緒に住むなら、色々と自己紹介してみようとなったのだ。かといって改まるのも気恥ずかしいから質問式で。
「んー……確か十九の時だったから三年くらい? それまでは王都にいた」
「王都?」
グレイシアの記憶にある王都は魔都だ。誰もが腹の探り合いをしていて、油断すれば隙をつかれる。そんな場所が嫌いだったから、抜け出してここに来た。
「捨て子だったらしくて、孤児院で育った後、魔法協会で魔法を学んだ。その時までは普通の子だったよ」
普通の子という言葉が妙に耳に残った。その時まで普通って事は、フィルの不死性は後天性だったの?
「協会の一部の奴らにハメられて禁書級の精霊召喚をやらされた。精霊は気づいた協会の奴らが来て抑えてくれたけど、おかげで俺は呪い付き。呪いっつっても誰も不死になるとは思っちゃいねーから、割と俺への処遇は簡単だった。状況証拠で被害者認定されたし、召喚術は一見失敗したように見えたからな。俺が不死なのを知ってるのは俺だけだったし、王都に居続けてバレて研究されるのも嫌だから王都を出た。で、今ここ」
とんっとテーブルを指で軽く叩く。
「昔、協会で聞いた。永久機関を魔力の補填によって作り上げようとしてる奴がいるって。それを思い出して探し回った。王都の図書館にはその手の本は全部抹消されてて、結局協会にあったグレイシアの理論書の写本しか見つけられなかった。それも理論書のほんの一部だけ」
私はミルクティーを見つめる。グレイシアの研究書に載せるものは、内容がとても貴重だったから外に出すものは慎重に選んでいた。解明したことがあっても、悪用の危険性が高いものは提出しなかった。それでも最低限の研究費を確保するために研究経過として幾つかの理論書を提出した。フィルはきっとその一つを見たんだ。
秘匿した情報が見つけられないのは当然。よくフィルはここまで来れたわね。
「三年かけてここまで来たって言ったけど、どうしてそんなに時間かかったの? 王都からエンティーカまで来るのに徒歩でも十日あれば十分でしょ?」
そうなのよ。王都って割と近い。十日って言う数字も少し盛ったくらい。これだけの時間があればお年寄りでも子供でも休みを十分取りながらやってこれる。それなのにフィルは三年かかってここまで来たという。ちょっと時間がかかりすぎじゃない?
「協会の奴らで事情を知っている奴らは捕まった。王都にあるグレイシアの手がかりはゼロ。それこそ南から時計回りにぐるっと国中探し回ったさ。まさかこんな近いところにあるとは……」
がっくりとうなだれるフィル。それはそれはお疲れさまでした。
エンティーカって王都から見て南東にあるけど、何しろ街道がね。王都のはずれからの一本道しかないというね。エンティーカの近辺にある村に関して言えば、それこそ知らない人の方が多いし。エンティーカって有名なものほとんど無いし。
さらに研究の機密を守るために私の居場所は限られた人にしか教えなかった。それも口の堅い人を選んで。お母さんから役人が訪れたと聞いたときはびっくりしたけど、彼らも決して人には話さないよう国に口止めされてるでしょう。せっかく分かったグレイシアの屋敷にある研究を横取りされたくないでしょうからね。
「しかも見つけたら見つけたで死んでるらしいし。若いって聞いたんだけどなー。やっぱ天才って夭折するもんなのか?」
「私に聞かないでよ」
半眼でフィルを睨む。死にたくて死んだわけじゃないんだからね?
願うならもっとグレイシアとして生きたかったわよ。
「いや、ニカってグレイシアについて妙に詳しいから。お前、その背に見合わず十五なんだろ? グレイシアが死んでから生まれたんだろ?」
「ちっちゃくて悪かったわね」
ジト目で睨んでやる。好きで小さいわけじゃないやい。




