日常へ帰ろう
エタンセルがアーシアさんになついてしまったので、彼のお世話をマッキー家に託し、いよいよ私たちはお役御免ということで、アマリス村に帰ることになった。
「いやー、元は誰かさんの不始末だったけど、どうにか片付いて良かったよー」
「何それ。私に喧嘩でも売ってるのかしら?」
サリヤがわざと含みを持たせたような言い方をするものだから、私はじろりとそちらを睨み付ける。
あははと笑ってかわされるけど、誤魔化されないからね?
私がサリヤに火花を散らしている横で、フィルがカリヤと帰りの話をしている。
「ほんとうに送っていかなくて良いのか?」
「いいよ、目立つし。めちゃくちゃ遠いわけでもねーから」
「そうか、それなら良いが……」
「カリヤは俺らに気遣うよりもメイドさんに気を遣った方がいいんじゃね? このままじゃ、ペルーダにとられるぞ」
「フィルレイン、やはり送っていこう。ここの先に自殺の名所で名高い湖があってな?」
フィルの一言で殺気だった笑顔を浮かべたカリヤが、何やらフィルをどこぞに連れ込もうとしているようなことが聞こえた。何やってるんだろう。
「私より、貴様はどうなんだ。その年で浮いた話も一つもないのは不味いのではないのか」
「いや、それお前に言われたくねぇっつーか、サリヤにも言えね?」
「サリヤは今まで婚約者がいたのだから、そんな話、あったら問題だろう」
「それを横恋慕していたのがカリヤと」
「貴様、そこへなおれ。湖と言わず今ここで始末をつけてやる」
ちゃきって刀の鯉口を切る音がした。
え、何、何が起きてるの。
私はサリヤから視線をはずして、フィルとカリヤの方を向く。サリヤもそれにつられて視線をそちらに向けた。
「恋ねぇ……なんかどっかの誰かさん見てると大変そうだからいいや。それに俺、色々問題かかえてるしさ」
なんかこっちを見た気がするけど、え、なに? なんの話?
「なに?」
「俺の春は当分先で良いって話」
「春ならとっくに来てるじゃない。もう少しもしないうちに夏が来るわよ」
「そういう話じゃねーんだけど……ま、いいか」
なによう、きっちり言いなさいよね。
気になるので頬を膨らませるけど、ぽんぽんと頭を撫でられただけだった。もうっ、子供扱いっ!
「おーい、ルギィ、行くぞー」
「いいですか、エタンセル。ここには阿呆鳥がいますが、真面目に取り合ってはいけませんよ」
『トリだけに?』
「馬鹿なことを言えといったわけではありません」
フィルがそちらに声をかけるけど、向こうは向こうで謎の会話を繰り広げてるし。
ちなみに会話に出てきてるトットちゃんは契約者権限でサリヤが部屋の中に閉じ込めてます。ちょっと可哀想だけど、アーシアさんもカリヤもこれでいいんだと言っていたので、そのままです。トットちゃん、またもふらせてね。
「よーし、それじゃあんまり長居してもあれだからなー。帰るぞー。家帰ったら掃除もしなくちゃだしな」
「あ、お掃除……」
「ま、引っ越ししたての時よりマシだろ」
そうはいうけど、どれだけ放置してたと思ってるの! 王都からこっち、ほぼ家に帰ってないんだから!
掃除のことを思い出したら、帰るのが憂鬱になってきた。あの家、無駄に広いから、しばらくはまた掃除漬けの日々かぁ。
別にお掃除は嫌いじゃないんだけど、こう、働いたあとにやることを考えるのは気分乗らないわよねぇ。
「あ、フィル。帰りにアーシアさんが前に言ってたケーキ屋さん寄りましょうよ」
「だーめ。俺、早く帰って寝たい」
「えー、いいじゃない」
「ルギィもいるし、また今度な」
「けち」
「けちじゃありません」
むぅー。また今度って、それ、来ないパターンじゃないの!
甘党のフィルなら是が非でも行きたいだろうに。ざーんねーん。
ま、エンティーカならまた来る機会あるだろうし、良いか。
それじゃ、と。
「アーシアさん、エタンセルをよろしくお願いします」
「ええ。言葉は分からないけど、精一杯お世話させて頂きます」
ぺこりとお辞儀をする。アーシアさんにもなんだかんだお世話になったし、エタンセルのこともおるから、エンティーカに来たらまた顔を出しに来るのも良いかもしれない。というか、定期的に顔を出しに来るべきなんでしょうけど。
「ニカ・フラメル、君のお父さんによろしくねー? 魔法使いが、役人が、悪い奴等ばかりじゃないってこと言っといてー」
「そんなの私も知ってるわよ。お父さんの役人嫌いの根っこは相当深そうだから、何とも言えないし」
「こうやって娘を無事に返したんだからさー。評価してくれても良いと思わないー? もちろん僕らマッキー家を」
「あなた、もしかしてお父さんのツテか何か利用したいの?」
「そりゃもちろん。使えるものはなんでも使うよー。ま、無理強いはしないし、僕らもここに赴任したばかりだから、長い付き合いになることに期待しておくよー」
うっわぁ、サリヤ正直ぃー。
ジト目でサリヤを見れば、サリヤがしっしっと追いやるように手を振る。
「早く帰らないと日が暮れちゃうよー? 掃除、するんでしょー?」
うぐぐ……嫌なこと指摘するわね。
ま、でもサリヤの言うとおり。掃除だけじゃなくて夕食の準備とかめしなくちゃだから、早めに帰ることに越したことは……
「あ」
「どうしたニカ」
「夕食の食材買わないと、作れないわ」
「マジか」
マジです。
がしがしと、フィルが乱暴に片手で頭を掻く。全く予定してなかった予定が入ってお昼寝時間が減らされて悔しそう。
「そんなに眠いなら、先帰ってもいいのよ?」
「いや、付き合うよ。タレス殿との約束もあるし」
別にエンティーカくらいならお使いで来ることもあるから、気にしなくてもいいのに。
変に義理堅いフィルに、思わず顔が緩んでしまう。ま、それがフィルだしね。
私たちはまた近いうちにと互いに挨拶を交わし、マッキー家の屋敷を後にする。
長い旅のようで、短かったなぁ。
王都にヴェニス山脈。普通にアマリス村で暮らしたままなら行くことのなかった場所。
そして、王都で出会ったエルヴィーラお師匠。ニカであり続ける限り、出会うことはないと思っていた。
様々な出来事が、この一ヶ月くらいの間に過ぎ去っていった。
私が、グレイシアが、生前遺してきたもの。
もしかしたら、まだあるのかもしれない。
今回の事で痛感した。すぐ側にいたルギィの隠していた秘密に気づかず、ここまで来てしまった。グレイシアの死というものは、私以上に、私でない誰かに影響を与えているようで。
───人が亡くなるということは、これの繰り返し。
そう思うと、もし私が、ニカ・フラメルが死んだとき、その影響はどこまで広がるんだろうと思って、少し怖くなる。
一度死んだ私は、死に対してあまり恐怖はない。グレイシアは必死になって生きようとしたのに、今はあの時のような切羽詰まった感情は起こらない。
ちらりとフィルを見る。
禁術の副作用で死ねなくなった彼。死にたがりというわけではないけれど、少々自分を省みないところがある。きっとそれは、私の心境と少し似ているのかもしれなくて。
「私たち、似た者同士なのかしら」
ぼそりと呟くと、帰路についていたフィルがこちらを振り向いた。
「なんだ?」
「いいえー、なんでも」
「ふぅん。ま、いいや。それよりニカ、何買うつもりだ? 俺、あれ食いたい。肉の団子。スープにいれてさー」
「はいはい。それならお肉屋さん行かないとね……って、あら? ルギィは?」
「まだしばらくエタンセルのとこにいるんだと。夕飯までには帰るって」
もー、ルギィ、あんたはどこぞの子供か! 門限は守りなさいよ!
ま、いいけど。何百年ぶりかの再開だから、名残惜しいのだろうし。というか、また明日にでも会いに行けば良い話なんだろうけど。
てくてくと歩きながら、とりあえずお肉屋さんへ。肉団子のスープ、フィルがリクエストしてきたから、今日のご飯はそれにしましょうか。




