ぼくの名前はエタンセル
三日をかけてぬいぐるみを作り上げる。
一日目はアーシアさんがどんなぬいぐるみにするのか下絵を書いてくれて、それを元に型紙を作った。型紙を作ったら、布を裁断していく。
亀の甲羅みたいな部分の説明というか、表現が難しくて、それは無視することにして完成図をイメージすることにした。完成形は本物のペルーダとはちょっと違っちゃうけど、仕方ないわよね。
一日目はそこで終わった。
二日目は胴体と手足をひたすらチクチク縫っていく。ひたすらチクチク縫っていって、ほとんど完成に近づいた。目も、魔法で形を紐を通せるような穴の空いた球体にした水晶を埋め込んだし。
アーシアさんは当初言ってきたように、ボタンを胴体に縫い付け、手足にはボタンを嵌め込むための穴を開けておく。尻尾もゆったり動かせるようにと、少し布にゆとりを持たせて綿を詰め込んだ。
あんまり長い時間やると、目が疲れちゃうからと、二日目はここで終わる。
三日目、鬣を道躰に一本一本縫い付けていく。それはアーシアさんの髪。
艶々と光沢を持った鬣がペルーダに植えられていく。
この日までにアーシアさんが提供してくれた髪の量はそこそこ多かった。元々髪質が癖っ毛で、洗うのが大変だったから良かったのよ、とアーシアさんは短くなった髪を触って笑っていた。髪の量が少ない人だったから、これだけの量を頂いてしまってすごく申し訳ないです。
髪は伸びるものだから、と言ってくれたアーシアさんには感謝してもしきれない。
そして三日目の夕方、ようやく、鬣の作業も終わった。
アーシアさんは針をおいて、完成した人形を持ち上げた。
「できたわ、ニカちゃん!」
「わぁ……!」
赤色の皮膚と、艶々の鬣を持った、トカゲのようなぬいぐるみ。
ようやく、完成した。
「ありがとう、アーシアさん!!」
「いいえ、これくらい何てこともないわ」
ぎゅっと受け取ったぬいぐるみを抱える。
後は、繭をほどくだけ。
でもそれは、ルギィの前で。
「アーシアさん、庭へ」
「え、ええ。でも先に片付けを」
「いいから、早く」
アーシアさんの腕を引っ張って庭へと飛び出す。
そこにはサリヤとカリヤ、それからフィル。
そしてその三人の視線の先にいるのはルギィだった。
「まぁ……綺麗な方」
アーシアさんにも見えるように、わざわざ魔力の波長を揃えてくれているのね。
ルギィのもとへ、私はアーシアさんの腕を引っ張って行く。
目の前まで来ると、ルギィが高い背を少し縮めて、アーシアさんの手を取った。
「ありがとうございます、プラーミアの血を継ぐ人の子。これの体を作ってくれて……お前に会えて、これも喜んでいますよ」
アーシアさんの手をとりつつ私の方を見るルギィ。
ルギィが空いている方の手で、手を差しのべる。
私はそこにぬいぐるみを置いた。
「これはお前が気に入っているようです。ずっと待ち続けていた私よりもよっぽど、お前の方になついているようで、少し悔しいくらいです」
「え、え?」
ルギィはふっと微笑みを落とす。こんな表情をするルギィ、久しぶりに見たなぁ。
「さぁ、ニカ、最後の魔法を」
「はいはい」
私は少し呆れて頷いた。ルギィ、少し気分が高揚してるみたいね。
それも仕方ないか。ようやく、願いが叶うのだから。
私は杖を作り出す。ひんやりとした私の氷でできた杖。振るうのはこれで何回目だろう。
全員の視線が、私に集まる中、私は宙に魔方陣を描く。
こらきらと魔力の粒子が集まって、光の帯となり、空中に紋様を描き出す。
描いた魔方陣を通し、ぬいぐるみを杖で指し示す。
「───生きとし生けるものに与える魂と体を繋ぐ魔法」
唱え終わった瞬間、カシャンとガラスが割れるような音を立てて魔方陣は割れ、ぬいぐるみに吸い込まれていく。
ぬいぐるみが温かな光を宿し、温もりを得る。
誰もがその光景に魅いるようにして見つめる。
私も、ルギィも、フィルも、サリヤも、カリヤも、アーシアさんも。
やがて光が収束したとき、アーシアさんの手の中で、ぬいぐるみが身震いした。
きょとんと首を傾げるように、首を捻って見せる。
私は、胸が一杯になって、そのまま、膝から地面に崩れる。
「わ、ニカ!」
「良かったぁ」
フィルが私を抱き止めてくれる。
ほっとしたら、力が抜けちゃった。
『るぎぃー! すごいよー! うごくよー!』
「そうですね、エタンセル」
私はきょとんとする。あれ、今ペルーダ……
『プラーミアに見せたらよろこぶかなぁ』
「見せることができたら、きっと喜んだでしょうね」
や、やっぱり……!
「喋ってる!」
「喋ってね!?」
私とフィルが口を揃えて言う。サリヤもびっくりしてるから、サリヤにも聞こえているみたいだけど……
「え、えっと……?」
「どうしたサリヤ?」
アーシアさんとカリヤには聞こえてないみたいね。
『えへへー、ままー!』
「エタンセル。その人の子を気に入ったのは分かりますが、その前に」
『そうだねー!』
ペルーダがよたよたと体の向きを変えて、ルギィの手の平に乗る。それから、こちらを向いた。
『ニカ、フィルレイン、サリヤ、カリヤ。ぼくを助けてくれてありがとう。カリヤは腕切ってくれて、全然ありがとうじゃないけど。痛かったんだからね、ぷんぷん!』
「あ、えと、こちらこそ、ペルーダ。あなたを無事に助けられて良かったわ」
『ニカ、ダメだよ。ペルーダは種族の名前なんだから! ぼくのことはエタンセルってよんで!』
のたのたと体を動かすペルーダ……じゃないわね、エタンセル。
私はフィルの手に掴まって立ち上がる。
「えっと、エタンセル。この結果はあなたから見て、満足の行く結果になった?」
『もちろん! ルギィに聞いたけど、ぼくが悪いやつらに呪いをかけられてからもう何百年と経っているんでしょー? ぼくがどれだけ長生きしても体は結局朽ちちゃうの分かってたから。こうやって新しい体もらえただけで充分だよ』
可愛い見た目でそんなことを言ってくれる。こちらこそ、良かったというか、なんとかなって安心したというか。
そしたら、うずうずとちょっとした衝動が沸き上がってきた。
「え、エタンセル、ちょっとお願いが……」
『なぁに?』
「抱きしめさせてー!」
むぎゅぅぅぅぅう!!
「え、あ、おいニカ!」
「おやおや」
エタンセルの体を、返事が来る前に抱きしめる。
もう、なんて健気なのこの子!
「かーわーいーいー!」
『わっぷ、わっ』
なんかもう、やり遂げて良かったって本当に思うわ。
「えっと、とりあえず、全て終わったってことで良いのかなー?」
サリヤが小さく挙手しながら、確認をして来る。
それにルギィが大きく頷いた。
「ええ。約定は果たされました。全て、私の、かつていた人の子の、願いが今ここに成就しました」
「そう、それなら過去のことはそれでおしまいってことだねー」
サリヤがどこか含みのある事を言う。
過去のことはって、どういうこと?
「このペルーダ……じゃないねー、エタンセル、どこで飼うつもり? 順当にいけば精霊のいるニカ・フラメルのところだろうけど、なんかそいつ、アーシアを気に入ってるみたいだしー?」
「ほんとう?」
アーシアさんがきょとんとしていたら、エタンセルは私の腕から抜け出して、ぴょこんとルギィの手に乗り移り、それから、アーシアさんの胸へ飛び込んだ。
『ままと一緒にいるー!』
エタンセルの様子を見て、ルギィが寂しそうに笑った。
その様子を見て、私はしみじみと思う。あれだけ長い時間待ち続けていたのに、自分を無視されちゃったら、当然、寂しいわよね。




