目に見えないモノ
「そういや、よくこの場所が分かったな。どして?」
「さあね。てゆーか、元気ならそれでいいわ。私達帰る」
「んなつれないこと言うなよ」
「うっさいロリショタコン」
「だからちげーし!!」
知るかこんにゃろう。あんたが不死だって知ってたら助けなかったわよ。しかもこんな危険な場所にまでつれてくるなんて。
私ははーっとため息を付いた。
「不死だか何だか知らないけど、無事ならもう用はないわ。助けてくれてありがとう、またいつか会いましょうさようなら」
「まてまてまて、勝手に決めつけんな」
ユートをフィルレインから引きはがして帰ろうとすると、フィルレインはユートを抱え込んだ。
「ちょっと待てって物知りなおチビ。聞きてーことがあるんだよ」
「知らないわよ。ちょっとユートを離して」
「なーなー」
「ほらユート帰るよ」
「なーっておチビ」
フィルレインは聞きやしないし、ユートもむぎゅーっとフィルレインに引っ付いてるし。ちょっとユート、そいつのどこがいいのよ。
「おチビ、この家の家主か大家は知ってるか?」
「……知ってたら何よ」
「俺、ここに住みたいなーって」
ニコニコ笑うフィルレイン。
私は一拍、止まって。
「はああああああああ!?」
どゆこと、何でいきなりそうなるのよ!? 意味わかんない!
「別に良いだろ? 今ここに住んでる奴いないんだしさ」
「……住んでる人がいるかもしれないじゃない」
「それはない。ここはグレイシアの屋敷だろ?」
私は、息をのんだ。どうして。この短時間でそんなことまで把握できるはずがない。たとえここにいる精霊に聞いたとしても、彼が進んで教えることなんてするはずがない。それなのにどうして。
私は目をすがめた。こいつ、危険だ。恐ろしく勘が良いのか、物事の本質を本能的に見極めてくる。こいつが近くにいると、いつ私の秘密が知れてしまうか分かったもんじゃない。
──どうやったらここからこいつを追い出すことができる?
「……ユート、先帰りなさい。お姉ちゃんは後で帰るから」
「でもお姉ちゃん」
「帰りなさい、ユート」
珍しく、私はユートに対して言葉に刺を含む。声こそ荒げはしないけど、この鋭い雰囲気を察してくれたユートはそっとフィルレインから離れた。今度はフィルレインもユートを抱え込むようなことはしない。
ユートは躊躇いながら廊下を歩いていく。後ろをちらちら振り向いていくユートに早く行きなさいともう一度言えば、ユートは駆けていく。階段を降りて階下まで行った気配を感じてから、私はゆっくりとフィルレインを見た。
金髪の美青年。その深いアメジストの瞳は何を見るのか。
「あなた、グレイシアの研究が不死の研究に通じると考えてるのね」
「よく分かったな」
「不死は一種の永久機関だものね」
「おチビ、本当に素人? 魔法にえらく明るいな」
「ええ。私は素人よ? ほんの少し本好きな、ね」
私はフィルレインを押し退け、部屋に入る。研究室には色々ある。備え付けの机の引き出しを開いてある物を取り出した。
鋭利な小型ナイフ。以前はちょうど良い大きさだったのが、今の私には少しだけ重い。置かれていたものの配置が変わっていなかったことに、私の口角が自然と上がった。
「不死だから、一回くらい死んでも大丈夫、よねっ!」
振り向き様、投げた。あまり上手では無いけれど、動かない的に一回くらいなら当てられる集中力はある。脅す程度じゃ済まないけれど、これくらいの脅しをしておけばあっさりと身を引いてくれるでしょう。
だけど、弾かれた。
狙いは間違いなく定まっていて、フィルレインの頭に突き刺さるはずだった。なのに弾かれたのは、フィルレインが動いたからじゃない。……風の障壁が、私のナイフを妨げた。
「どうして……」
今のは考えるまでもなく彼の風。どうして彼がフィルレインを庇うのよ。
「……っ! そりゃ、関わるつもりなかったのに今さら助けてとお願いした私が悪いわよ!? でも、そんな奴庇う必要ないじゃない! そいつはあなたの家を奪おうとしてるのよ! ねぇ、聞いてるの。聞いてるならそんな奴庇わないでよ、ルギィ!」
それでも風の障壁は消えない。どうしてよ、あなたは私の精霊でしょう。応えてよ。
「……おチビ、泣くな。そいつが困ってる」
「泣いてなんかいないわよっ!」
彼が……ルギィが私じゃない人を選ぶ日が来るのは知ってた。でも心の中ではやっぱり、いつまでも私の味方でいてくれると、安心しきっていたのかもしれない。だからルギィがフィルレインを守ったのに動揺してるんだ。ルギィはグレイシアに忠誠を誓っていたから。
「……おい、精霊。俺は何にもしないし、おチビにもさせないから、これ解け。……ああもう、分かってるっつーの」
私には聞こえないルギィの声。それをフィルレインは聞いている。
……フィルレインの前に張られていた風の障壁が消えた。ルギィはフィルレインの言葉に従った。私はもうルギィと関わることはできないもの。仕方ないのね。ルギィが許すなら、この家はフィルレインの物になる。
「おいおチビ」
「……何よ」
「もう一度聞く。この家の大家は誰だ」
まだそれを聞くのね。まぁ、良いけど。
「私の父よ。でも私がこの場所に来たことは内緒なの。だからこの山の下にあるアマリス村の村長に先に聞きなさい。それから父を紹介してもらう事ね」
私の中のグレイシアは、もう誰にも必要とされなくなる。私だけが彼女の思い出を抱えていくのかしら。
 




