ぬいぐるみの材料は
帰って来ましたエンティーカ。
あれだけ長かった旅が、一瞬のようだったわ。
馬車から降りると、私はぐっと伸びをした。うーん、体のあちこちが凝ってる。
マッキー家の屋敷の門をくぐり、玄関の前に馬車はつけられる。屋敷に居残ってた使用人達が、主人を温かく迎えた。
「お帰りなさいませ」
「ただいまー。馬車よろしくー。後、彼らは客人だから客間用意してあげてー。それと、もうしばらくは出かける予定も無いから、そろそろ暇出してた人たち呼び戻しといてー」
「かしこまりました」
てきぱきと主人らしく指示を出すサリヤ。こうしてみると、やっぱり良いとこのお坊ちゃんて感じねぇ。
「ちょっとニカ・フラメルー? なにか失礼なこと考えてない?」
「いいえ?」
気のせいです……て、あ。
「ルギィ」
ふわりと空からルギィが舞い降りてくる。手には篭を捧げて。
私はルギィに駆け寄り、その篭を受け取った。
中身を確認する。
「全部揃ってるわ。ありがとう」
「私を便利屋とでも思っていませんか?」
「ふふ、早くペルーダに会いたいならあなたも働いて頂戴」
別に、とルギィはそっぽを向く。
「話すだけなら、この状態でもできます」
「え、ほんと?」
ルギィの言葉に私が驚く。
この状態で話せるって、この繭の状態で?
「え、じゃあ私のやることは無意味……?」
「どうしてそうなるのですか。話せるのと動くのとでは違うでしょう。もともと、魔獣は声を使って意思疏通をする種族ではありません」
「あ、そういえば」
ジョージの記憶もそうだったわね。
まぁ、でも良かった。
「昔話弾んだ?」
「……まぁ、そう、ですね」
煮え切らないような言葉でルギィが答える。なによ、その反応。
「何を話したの?」
「……色々、です」
ルギィはふわりと私の手を取った。篭を下げてない方の手を。
「預けます。終わったら、また呼んでください」
「え、あ、ちょ、ルギィ!」
置き土産を置いて、さっさと空へ飛ぶルギィ。少し強めに風が吹き、彼の体をさらっていく。あの方角はアマリス村の方ね。
私は、手元の篭と、繭を見比べる。まぁ、手間が省けたし。
「ニカ、今のって」
「ルギィよ。必要なものとってきてもらったの」
ふーん、とフィルは頷いて、ひょいと私から篭を奪った。え、ちょっと!
「フィル!」
「繭。大事な奴落とすわけにもいかねーだろ。皆もう荷物下ろしてるし、さっさと中入ろうぜー」
ひらひらと後ろ手に手を振って、メイドさんが扉を開けたままの玄関を潜っていく。
もう、勝手なんだから。
私もその背中を追いかけて玄関をくぐった。メイドさんがこちらへどうぞと扉を閉めてくれて案内してくれる。
案内されたのはトットちゃんと初めて会ったときの応接室。アーシアさんはすでにメイドの制服に着替え、サリヤはソファーに腰掛け、カリヤもその後ろに控えていた。
「さっき精霊が来ていたみたいだけど」
「これ。ぬいぐるみに必要な材料を持ってきてくれたのよ」
フィルが手に持ってた篭をテーブルの上に置く。
「目の代わりの水晶と、特殊な製法で培養した真綿と、特殊な製法で精製した毒素のない石綿。それから石綿専用に改良されたロシェの染色顔料」
「ロシェってあのロシェ・デッスウム?」
「そのロシェよ。鉱物専門の魔法使いロシェの初期の試作品だけどね。グレイシアが貰ったまま、使わずにそのままにしていたから」
サリヤがぴくりと反応したということは、面識でもあるのかしら?
サリヤがうーんと腕を組んで何事か悩んでる。どうしたのよ。
「なんか今さらだけどー、ニカ・フラメルがやっぱりグレイシアなんだなーって。デッスウム氏って言ったらアカデミーの教授じゃないか」
「あらま。彼、教授なの。まだまだ地道な研究院生やっているのかとばかり」
「数年前に教授になったばかりだよー。でも、院生の時から授業を受け持ってたらしいから有名人だよね、彼。僕も彼の授業を取ったことがあったしー」
ふーん、そういう繋がりか。
ロシェとグレイシアは学友って感じだった。私が宝石ベースで研究に使っていたから、彼には先駆者として色々と教えて貰ってたわ。
とと、話がずれるところだったわ。懐かしい人の様子が聞けたからついつい、感傷にひたってしまうところだったじゃないの。
私は篭を横においてさらにテーブルにものを置く。
「それから、このアーシアさんにお願いして貰った髪で道中に作ってた、ペルーダの魔力を吸収した糸。それからペルーダの核となるこの繭。材料はこれだけ」
一見シンプルだけど、なかなかにすごいものなのよね。これだけのものの価値が分かるのがこの場に何人いるかは知らないけど。
「ニカちゃん、布はもしかして」
「布から織ります。アーシアさんの申し出のおかげです」
アーシアさんが、ぬいぐるみの作り方について教えてくれたの。型紙を作って綿を詰めるだけが簡単なぬいぐるみだけど、トットちゃんのために作ってるぬいぐるみは、翼の付け根部分にボタンを仕込んで部位を嵌め込むことで、稼働域を広くしてるんだって。
そうなると、ちょっと糸だけじゃきついかなって。
ペルーダの核となる繭から神経のように魔力が伸びて、自身の魔力を含んだ糸に接続されることで、ぬいぐるみの体を自由に動かせるようになるはずってのが、私の立てた理論。それを踏まえるなら、パーツを分けるのは避けた方が良かった。
でも、アーシアさんが多めに髪を分けてくれたので。
「この石綿なら、耐熱とかに優れてるし、魔力の通りも良いの。ペルーダの魔力を含んだ糸と混ぜ合わせながら織り込むつもりです」
本当なら手作業でやるのが良いのだけど、機織り機はアマリス村に行かないと無いし。
「で、布を織り込む時間も惜しいので……。───氷の造形の魔法」
私はふっと杖を生み出す。それから、空中に魔方陣を描いて、ちょんちょん、とまずは石綿と染料に杖で触れた。
「───石綿を染める魔法」
言葉はとても簡単。そんなに複雑な魔法じゃないしね。
魔方陣が輝いて、染料が石綿に吸い込まれていく。全て吸い込まれると、赤色に染まった石綿の糸の完成。
それからまた別の魔方陣を描く。
「───織物の魔法」
空中で石綿を中心にし、アーシアさんの髪の糸と共に編み込まれていく。
赤色の、ところどころ違う赤の混じる布が一枚、編み上がった。
「ここまではできるけど……」
と言って、杖を消したら、パチパチとアーシアさんが手を叩いて誉めてくれる。
「すごいわ、ニカちゃん! とても綺麗で素敵な魔法ね」
「え、ええ? そうですか?」
「そうよー。サリヤの魔法ったら、トットをどうにかこうにかする魔法ばかりで……」
「アーシア誤解ー。僕だってあれぐらいできるしぃ
ー」
いや、そんなやる気のない顔で言われても信憑性ないと思うけど……って、また話がそれるとこだった!
「あ、あの、アーシアさん。ここまでは魔法でもできるんですが、できるのはここまでなんです。着色する、布を織るっていうのは、魔法式が確立してるので魔方陣をさらりと描けるからできるんですが……ぬいぐるみを作るのは、魔方陣を考えるより手作業の方が早いのです」
「ここからが、私の役目ってことかしら?」
「そうです」
私は大きく頷いた。
アーシアさんも、拳を上にたてて、私に任せてといったポーズをとってる。
「この綿と一緒に、この繭をくるんでください。それ以外は普通にぬいぐるみを作る要領で、ここにある材料をつかってもらえれば」
「分かったわ。そういえば、形はどうする?」
私たちはそれを言われてはたと止まる。
形のことすっかり忘れてた。
出来ればペルーダに近づけたいんだけど……
「えーと、頭が蛇で尻尾があって……」
「鬣があったな」
「近くで見たら背骨に沿ってトゲもあったぞ」
「それで全身緑で……」
「布が赤なので体の色は無理ですね」
うっ、ごめんなさい。ルギィに頼んだ染料、アーシアさんの髪の色に揃えちゃったから赤色なんです……。
アーシアさんはふむふむ、と頷きながらペルーダの容姿を聞き出していき、最終的にどんな形にするのか決まったのか、私に材料の確認をとって来た。
「鬣があったってことだけど、この鬣の部分もこの糸を使った方がいいかしら?」
「いえ、鬣の部分の糸の量は足りないので、普通のものでも構いません。糸じゃなくても、余った綿でもいいですし」
「そう、それなら、そうね」
アーシアさんがいたずらっぽく微笑んだ。
「早速これから作ります。この布の量を考えると、あんまり大きなぬいぐるみはできませんから、三日くらいでなんとかなると思います」
「本当ですかっ」
「ええ。任せて」
アーシアさんは自信をもって答えてくれる。
サリヤが、それじゃ三日滞在の目処で屋敷の人たちには伝えておくよと言って立ち上がる。
「あ、アーシア、それが最優先事項だから、屋敷のことは気にしなくていいからねー」
「ええ。ありがとうございます、サリヤ」
サリヤがたまったお仕事をやらないとーっと言って部屋を出ていく。カリヤもまた、それに付いて出ていった。
ぼそりとフィルが呟く。
「カリヤ、まったくそんな素振り見せねぇなー」
あは、それ、私も思ったけど。
でもね、本当に好きな人がいるからこそ分かることもある。
この気持ちを秘めようと決意したのなら、誰にもその想いを悟らせないように、自分を律するんだってこと。
私には、痛いほど分かるわ。




