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F*ther  作者: 采火
本編

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145/153

凍れる花の華発せし魔法

私を射ぬく、憎悪の瞳。もう、自分が何を憎んでいたか分からないというくらいに、まっすぐ私にその鋭い爪をのばしてくる。


「ニカ!」


私の名前を呼ぶ声と共に、突き飛ばされる。とっさの事だったけれど、杖は放さなかった。

砂利の上を滑るように転がる。むき出しだった太ももが小石に擦れて、擦り傷から血がにじむ。

そんなことより。


「フィル!?」


フィルが、先ほどまで私のいた場所にいた。頭上から襲ってきた爪は今、私のいた場所を貫いてる。

私のいた場所。

今、フィルのいる場所を。

ペルーダの爪は貫いている。


「……かはっ」


フィルが、血を吐いた。

私を突き飛ばした彼の背中に、ペルーダの爪が突き刺さっている。

私は、自分で回避行動がとれたはず。

それなのに。

動かなかった。

動けなかった。

私が、ペルーダに圧倒されても、なおも動けていたのなら。

彼は、痛い思いをしなくて済んだはずなのに。


「バカフィル!! 何してるの!?」

「……なにしてるの……って……あんたを……助けたんだよ……」

「だからって自分が逃げ遅れちゃ意味無いじゃない!?」

「いいんだよこれで……俺だから……痛ってぇ」


どうして、なんで。

そんな、俺だからって。

あなた、そう思って、前も、私を、ユートを?


「カリヤ! ペルーダの腕を切り落として! 爪を抜かれると出血死する!」

「応」


私が混乱していると、サリヤの指示のもと、カリヤが刀を引き抜く。

ゆらりと刀から蜃気楼が立ち上る。この間は見えなかったけれど、昔の感覚を完全に取り戻した今ならきちんとそれが見える。

刀に宿っているのは、ただの魔力と見紛うほどの純粋な精霊。性質という概念の無い、純粋な魔力が形を持ったような精霊。

それはまるで蛇のよう。蛇と断定できないのは、鬣をなびかせ、短いけれど腕と足を蠢かし、髭が波打っているから。ぼんやりと蜃気楼のように赤い輪郭をもって刀身にその身を巻いている。

カリヤが刀を斜めに一閃する。

けれど鱗に阻まれ、あまり深く切り込むことはできない。


「硬い、が!」


口の端をあげて、カリヤが笑った気がした。

カリヤはもう一度、なぞるようにして同じ箇所を斬りつける。


「我が刀は龍の牙! その()は炎天に座す!」


まるで魔法を発動するかのような口上を言いきると同時、とぐろを巻いていた精霊が刀に吸い込まれる。刀が熱した鉄のように銀から赤へ、赤から橙へ、橙から青へ、青から白へ、色を変えた。

カリヤがぼんやりと輪郭の定まらない刃で、弧を描く。

切れ味は抜群で、硬い鱗を斬……いや違う。あれは焼いた。焼き切った。刀の熱が鱗の融解度を越えたというの!? 何百年と、魔力に渦巻かれても原型を保っていたペルーダの鱗を!?

ごとっと重たい音を立ててサリヤの指示通りペルーダの腕は切り落とされる。サリヤがすかさず、魔法を発動させ、腕とペルーダの本体の間に壁を作った。サリヤがフィルに駆け寄るのを見て、私も駆け出す。


「カリヤ! こっちへ誘導を!」


フィルのことは心配だけど、まずはペルーダをフィル達から遠ざけないと!

今ならペルーダは腕を切り落としたカリヤを認識している。カリヤにはもうちょっと頑張ってもらうわ!

移動してしまえば方角による術の体系的修正が入らなくなってしまうけれど、そんなこと構わない。

全て私が賄えば問題ない!

私は足を必死に伸ばす。フィル達から十分に距離をとる。


「ここなら!」


ざっと勢いで砂利に少し足を滑らせてしまうけど、転びはしない。転んでる暇なんてない。

私は地面に手に持つ杖を垂直に突き立てる。


「小娘!」


カリヤが少し遠回りぎみに私の方へ駆けてくる。

私は目を見開いた。

目測で距離を測る。


「カリヤ、十秒後離脱! ルギィ!」

『まったく』


ルギィの嘆息する声が風にのって聞こえてきた。大丈夫、これは了解の意。

私は杖を両手でしっかりと握る。

心の中で数を数える。

三。

二。

一。


「……っ!?」


ルギィが風を起こし、横に跳んで離脱しようと跳躍したカリヤの体が宙へ浮かび上がり、ペルーダの前から姿を消す。ペルーダが目標を見失い、足を止めた。


『シャァァァァ』


咆哮をあげるが、すぐにけほけほと喉を鳴らす。

炎を吐かなくて良かった。

このわずかな時間が、私の味方。

私は杖に魔力を流し、込めた魔法を発動させる。


「根は地につたい、空より贈られる花は芽吹き、咲き乱れる」


パキ……と静かに音を立てて、杖の頂上、蕾が開花していく。たった一枚の葉が、淡い白の混じる水色に輝き、蕾の花びらに含まれていた魔方陣を、あたりに種を散らすように転写していく。

花弁の魔方陣が杖の芯をつたい、地面に伸ばした私の魔力の筋を伝って地上に数々の魔方陣を描く。

複雑な魔方陣を同時に描けないのならば、魔方陣を保存して同時に発動させれば良い───!


「───凍れる花の華発せし魔法!」


私は発動させるために必要な魔力を、杖に、魔方陣に、魔法に、注ぎ込んだ。

あたり一面に、花が咲くように魔方陣が次々と浮かび上がっていく。

魔方陣が全て展開しきると、魔方陣の端はフィルとサリヤのすぐそばにまで迫った。とてもぎりぎりだけど、大丈夫、魔方陣に触れなければ影響はないわ。

魔方陣の中央には私、その前にペルーダ。

私が魔法の起点で、ペルーダが終結点。

私は魔力を絶え間なく流し、魔法を発動させていく。

どくどくと鼓動が早まる。緊張してるのかしら。

こんな神経使う魔法、いつ以来だろう。

火山帯というにふさわしく温かい気候だったのに、私の魔力で冷やされて気温が下がっていく。

私の吐息も白く。

でもこれじゃ駄目。

この魔法は、私のもつ氷の属性だと相性が悪いから。

一応、杖に通している魔力は意識して属性を変えているけれど、外に漏れ出している魔力までは気を使えない。私が寒さにやられるか、魔法を完璧に使えるか、勝負どころね。

色鮮やかな魔方陣が集束していく。

あるものは鎖に、あるものは光の粒子に。

あるいは、目に見えない『何か』に。

いつかの私のように、ペルーダが魔方陣から伸びた鎖によって拘束される。


『キシャシャァァァ』


ペルーダがもがくけど、拘束帯が離さない。

一つの魔方陣が淡く輝く。

硝子の瓶が一つ、魔方陣の上に現れる。

これは器。ベルーダの中身を受けとるための。

魔法そして今度は三つの魔法を同時に発動させる。魔力の流れを作るための魔法と、魔力を移動させるための動力の魔法、魔力に意味を持たせずただ放出させるための魔法の三つ。

その三つの魔法によって他者から魔力を奪うという、道徳的意味から禁じられていることを可能とする。

そしてこれからが本番。


『シャァァァァ───……』


私の推測が正しければ、魔獸は「肉体を持った精霊」。それなら、可能なはず。

魔力の道が一直線に瓶に伸びて吸い込まれていく。たぷたぷと液体のように可視化されていき、やがて道が先細りしていく。

ここでまた一つ、魔方陣が淡く輝く。

それはペルーダの魔力の核を物質化する魔法。これが一番難しい。

お師匠は契約精霊のおかげで魔力の核のようなものが形をもって見えるといつも言っていた。そして魔力は誰もが持つものだと。小石の一つでさえ、その存在があるからには魔力を持つと。

だから私は考えた。

この世のもの全てに魔力があり、存在を構成するために魔力を持つのなら。

お師匠が見ていた魔力の核こそが、私たちでいう魂なのではないのかと。

現に私はその理論を使って、疑似生命体を作り出した。フィルが作った石猫の元となる設計がまさにそれ。

疑似生命体が作れることからして、この理論は正しいと私は確信をもっている。


「だから、失敗なんてあり得ない……!」


綿密な設計をして、魔法を組み上げた。後は私の力量だけ!

魔方陣から伸びた光の蔦が、魔力の核となるものをペルーダの体内から引きずり出す。

それは揺らぐ炎でできた、ペルーダの赤ちゃんのようなカタチをとっていた。揺らめく炎は橙色よりもっと赤に近くて、輪郭に近い部分にいくほど緑になっていく。ペルーダの赤ちゃんのようなものはうずくまって尻尾だけをふりふりさせていた。これが、このペルーダの魂のカタチ。

幼く、怖がりだけど、好奇心が旺盛。たぶんこのペルーダのもともとの性格ね。

蔦が魂ともいうべきカタチをとった魔力を包み込み、繭になる。

その繭が、蔦に運ばれて、私の目の前に。

私はそれを両手で包み込んだ。

魔方陣が全て、光の粒子となって霧散する。

後に残ったのは、花の開いた杖と、私、それから小瓶に入った魔力と、この繭だけ。


「……終わった?」


自分でも信じられないけど。


「ルギィー! 終わったわ!」


私はやりきった。まだやることは残っているけれど、ひとまず、ペルーダを救うということは果たされたわ!

手に持った繭を大事に包み、顔をあげた。

ペルーダの体が横へとかしぐ。

地面に倒れきる前に、その肉体が灰になっていく。

私の横へルギィが降りてきた。


「……救えた、のですか」

「ええ。肉体は呪いのせいもあってこのまま朽ちるしかないでしょうけど……これが、ペルーダの魂。新しい肉体に馴染めば、呪いの影響も無しに活動ができると思うわ。ただ、魔獸ではなく、精霊の存在に近くはなってしまうけれど……」

「それで構いません。苦しみから救われ、もう一度、これが生きられるというのなら……ああ、あれの言っていたことは正しかった。お前を待っていて良かった」


ルギィが泣き笑いにも似た表情で、繭を包む私の手の上から繭を包む。

私は繭を落とさないよう、片手だけで支える。空いた手で、ルギィの手を広げた。


「さぁ、ルギィ。あなたが大切にもってあげて」

「ありがとう、ニカ。こんなに冷えきって……」

「私が冷たいのはいつものことだから」

「そう、でしたね」


私はルギィの手に繭をそっと落とす。

ルギィが愛しそうに、繭をその手に包んだ。

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