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F*ther  作者: 采火
本編

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針に紡ぎし繭の孵化する魔法

『それじゃあわしは帰るに~。さらばだサリヤ、生きていればアーシアたんの胸元で会おうぞ~~!』

「このアホウドリ、そのままアーシアに踏まれてしまえーっ!」


ばっさばっさと火の粉を散らして飛んでいくトットちゃんに向けてサリヤが毒を吐く。サリヤはだいぶトットちゃんに振り回されてるみたいだから、ま、仕方ないわね。

……そんなことより。

私は目の前に広がる大きなクレーターに目をやる。

真ん中にぽつりと立つ千年樹のごとき緑の魔獣。

これからが、本番。

封印堰の解き方はジョージに見せてもらった構築方法から解読できてる。大丈夫、やれる。

問題は、その後なのよね。


「……ルギィ」

「ん?」

「私が封印堰を解除したら、この窪地一帯を覆う結界を。ペルーダの気配を隠して」

「はい」


口の端をつり上げ、不敵に笑う。うん、良い返事だわ。

それから、次にカリヤ。


「カリヤはペルーダの誘導。私が描く魔方陣の上にうまく誘導して。たぶん、封印堰がなくなればペルーダは動き出すわ」

「ふん。言われなくとも」


ジョージの構築した封印堰は魔力を留めるもの。その魔力がペルーダに絡み付くようにして鎖となっているイメージ。鎖として繋がった魔力は、触れた部分から、ペルーダにかけられた呪いを打ち消す。次々と結ばれていく操り人形の糸を、鋏で裁ちきるためのもの。

表面的なものだから、大気中に漂う魔力が次々と鎖に注がれることで長い時間、ペルーダの呪いを止めてきた。でもそれは、ペルーダの『時の感覚』を止めるほどに強いもの。

純粋な炎の魔力は業火に等しい。肉体ではなく、精神を直接焼く炎。常時そんなものが触れていたら、火の精霊はともかく、肉体をもつ魔獣でも堪えられない。

たぶんそういう理由なんだろうけれど、あの封印堰に渦巻く魔力の奔流の中には眠りの魔法がわずかに混じっている。

封印堰をほどけば、遅かれ早かれ、ペルーダは動き出す。

動かないでいてくれるのが一番良いのだけれど。長い時間の中、魔力の奔流にさらされているのならば肉体が朽ちている可能性もあった。でもそれは、この目にしかと緑の魔獣を映した時から、消えてしまった可能性。

だから、確実にペルーダは動き出す。


「サリヤ。あなたはカリヤのサポート。特効属性じゃないから、気をつけて」

「分かってるー。僕だって魔法使いなんだから、甘く見てほしくはないかな。やりようはあるよー」


トットちゃんを見送って、少し機嫌が悪そうではあるけれど、サリヤは頷いてくれた。

そして、フィル。


「フィル、あなたは私を守ってね」


私が命を預けるのはあなた。

ルギィでも良かったけれど、あなたの方が身軽でしょう? それに、ルギィには大規模な結界を張ってもらわないといけないし。

そんなことをつらつら言い訳がましく言い立てようとしたけれど、フィルは私が口を開く前に、私の頭にポンと手をのせた。


「任せとけ」


……ほんと、フィルには敵わない。

あなたのその笑顔で私の肩に乗っていた重圧が一瞬で消えていく。

なんだろうなぁ、この気持ち。

知っているようで、知らないような。

名前をつけられない、つけたくない、この気持ち。


「ええ、任せたわ」


一つ頭を振って、気持ちを切り替える。

体勢は万全。

後は私が蓋を開けるための鍵を差し込むだけ。

ぐるりと全員の顔を見渡して、いよいよ私は、静かに杖を宙に躍らせる。


さぁ、始めましょう。


「───これは繭。去りし時より来る繭。聖なる我らが祖より伝わりし炎の者よ。その身を包みし繭は今切り開かれる。紡ぎし糸は一つ、また一つとほどかれる。やがて産まれる炎の者よ、その身をさらせ。止まりし時は針を進めよ。音を立て、からまわる針に絡めとれ」


これはジョージお得意の二重の意味をもつ魔法。

私が見つけた、手帳に挟まれていた魔方陣に隠されていたように、封印堰を構築する魔法も、一つの魔方陣で二重の意味を持つことで魔方陣の核を一つにしながら、複雑さゆえに解呪には高度な理解と技術を伴う魔法になっている。

私は慎重に言葉を紡ぎながら、魔方陣を空中に刻んでいく。これは魔法の発動のための言葉ではなく、私の頭の中を整理するための呪文。

意味を空間に。

命令を精霊に。

応えなさい。私は、ジョージに認められた救う者。この空間を織り成す魔力は、全て私の支配下に───!


「───針に紡ぎし繭の孵化する魔法!」


魔方陣に込めた魔力に最後の司令を与える。魔法の発動のために解き放ったこの言葉を境に、封印堰が崩れ始める。

それはまるで、飴細工がほろほろと崩れるように静かに。

高密度の魔力が渦巻いていたとは思えないほど、魔力は、ゆっくりと縛られた土地から広い空へとこぼれていく。

あまりの密度に可視化された魔力のか溜まりが時折頬を掠める。一瞬の熱はすぐに一肌へ馴染む。

身を焼く業火ではなく、ぬくもりを宿す熱へ。

この場にいる者全て、釘つけになって封印堰の崩壊をその目に映す。

これが、数百年続いた魔法の終末。

私が、この手で……


「……ニカ」


フィルが、私の名前を呼ぶ。ええ、分かってるわ。

ここからが頑張りどころ。

腑抜けたまま対峙できる相手じゃないわ。


「行くわよ」


誰が最初の一歩を踏み出したのかは分からない。あるいは、全員同じタイミングだったのかも。

私たちはクレーターの中央、神話の世界の生き物を救うために、足を踏み出した。

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