気づきたくはなかったこと
「それで、えーと、どこまで話していたのかしら」
「私が、屋敷に入れなかった理由ですよ」
馬車に乗り込んだ私たちは、ヴェニス山脈を目指すべく、進み出した。カリヤとサリヤとアーシアさんの三人がぎゅうぎゅう詰めになりながら御者台で、私とルギィとフィルが馬車の中。サリヤとアーシアさんには申し訳ないけど、込み入った話をするので、一時的に御者台に座ってもらった。
向かいに座ったフィルが、私の隣にいるルギィに話しかける。
「結界が張られてたって言ってたよな」
「そうです」
ルギィは頷く。
だから私は至極当然な疑問を口に出した。
「いったい誰が」
「さぁ。でも確かなことをいうならば、あの属性はそうそうあるものではないということですよ」
「属性?」
不思議な言い方のルギィに、私は聞き返す。
魔力の属性は風火地水光闇が基本になるけれど、これだけじゃない。私みたいに氷を属性とする場合もあるし、他にも風属性に含まれる雷や地属性に含まれる木、火属性に含まれる熱とか、基本に完璧に分類はされないことが多い。人間には難しい多属性の現れだっていう説が一般的。
逆に精霊は、基本の六属性にしか分類されない上に、もし二つ以上の属性を持つならば、ルギィのようにはっきりと分類分けされてしまう。それほどまでに、精霊と人間の魔力の質は全く違うという訳なのだけれど……
「珍しい属性って?」
「闇属性です。しかもあれは単純な属性ではない。人間のような繊細な魔力質でもなく、精霊のような純粋な魔力質でもない。あれは、とても雑な魔力でした」
ルギィが、眉を寄せて厳しい顔をする。私もフィルも、つられて神妙な表情になる。
人間でも精霊でもない魔力ねぇ……それこそ魔獣のようなものでもない限り、この二つのカテゴリーに分類されると思うんだけれど……。
ふと私は、ルギィの言葉が引っ掛かった。
「雑なって、どういうこと?」
「雑なんですよ。あらゆる魔力を詰め込んで作り上げられた魔力です。その魔力の色は黒く、一見して闇の属性に見えましたが、あれはそんな単純なものではなかった。幾つもの色の絵の具を混ぜると限りなく黒に近くなっていく。そんな雑さです」
あらゆる魔力を詰め込んだ黒の色。それは確かに、希少な闇属性のなかでも、さらに希少でしょうね。聞いたこともないわ。
「そんなもの、生まれつき持ってる奴なんて限られてくるぞ?」
フィルが眉を潜めて言うけれど、その考え方は間違ってる。
「…… 生まれつきとは限りません。人間が幾つもの種類の魔力を扱うなんて事は、その身に余る」
「かといって、そんな精霊がいたらそれはもはや精霊とは言えないわ。混ざって闇になっているなら、純粋であるべき精霊の魔力質から遠く離れているもの」
「そういうことです」
ルギィはため息をつく。
人間か、精霊が、よくわからない代物にルギィは足止めされて、グレイシアの死に目に会えなかったってことね。
「直接術者と会わなかったの?」
「残念ながら」
つまり、術者の顔も気配も、ルギィは知らないってことかぁ。
グレイシアの死にそいつが絡んでくるなら、私が生まれ変わったことも、もしかして偶然ではないのかもしれない。こんな奇跡、待っていても恵まれるものじゃないでしょう。必然だとしたら、合点もいく。
けれど、何一つ分からないということだけが不気味。目的も、その力も、誰の仕業なのかさえ。
「……ニカに言いたくないんだけどさ」
「何よ」
「ルギィなら気づいてるんだと思うんだけどさ」
「……ええ、はい」
フィルとルギィが二人で視線を交わす。フィルの言葉に、ルギィは声を落として頷いた。
なになに、私だけ仲間はずれ?
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「俺が言っていいのか?」
「第三者の視点も、時には大事です」
「うまく避けやがって」
フィルが大きくため息をついた。ルギィはそ知らぬ顔をしているし。
なんなの、私に早く教えなさいよ。
私のことなのに、私が一番わかっていないなんて滑稽なこと許さないわよ。ちゃんと話してよ。
「フィル、変な遠慮しないでズバッて言って頂戴。私だけ馬鹿みたいに理解していないなんて、胸の奥がモヤモヤして気分が悪いわ」
「あー……ほんとに? 分かってねぇの?」
「分かる分からない以前に、そっちが先に話を吹っ掛けたんじゃない。ちゃんと言葉にしてよ。二人だけ分かったような顔して腹立たしいわ」
唇を尖らせて言えば、フィルは観念したように、がしがしと後頭部を手で荒く掻いた。仕方ねーなーと言って、ルギィに一度目配せしてから、口を開く。
「───ルギィを弾いた結界の中にいたのはグレイシアとタレス殿だけ。そりゃ、中にいたタレス殿を疑うだろって話だよ」
「お父さんを?」
なんでお父さんを疑うの?
「私とあの人は最後の瞬間まで一緒にいたのよ。どうしてそんな事言うのよ」
「あんた、本当にタレス殿に対しては盲目だよな。……グレイシアにとっては最後の瞬間であっても、タレス殿にとっては違うってことだよ。グレイシアが死んだその瞬間、タレス殿が何か細工をしたってことを疑うのが普通だろ」
私は息を止める。
一瞬、何を言われたのかわからなかった。でも、言葉の意味をゆっくりと咀嚼して、考える。たしかに、フィルが言ったことは間違ってない。数ある星の一つの可能性。
お父さんが、グレイシアに何かをしたと。
そんな可能性があったことを。
今、言われて、気づいた。




