何通りもの道筋に構える不安
私が結界の解除と呪いの解除、フィルが私のサポート兼護衛、サリヤとカリヤでペルーダの誘導。そういう役割でいこうということになった。
アーシアさんも少なからず関係があるということで、一緒に行くけれど害の無いところに待機ということに。
そしてその日の夜のうちに王都を出立した。時間がないわけでもないけれど、悠長にしていて良いわけではないから。サリヤも、エンティーカの役人になったわけだからそんな長く町を開けてはいられないらしいし。
とはいっても封印のあるヴェニス山脈まで数日かかる。エンティーカの町よりもさらに向こうにあるから。
ヴェニス山脈は国の北東から東にかかってる山脈で、火山帯指定を受けている。年に数度、山脈の山のどれかが小さな噴火をしているけれど、人里まで火山灰が噴くことはめったにない。その麓には温泉街が多くて、観光名所の一つにもなってる。
とにかくそこまで馬車を走らせようということになった。
馬車に揺られている間、私はフィルに頼んで魔力を見る練習をすることに決めた。だって見えなきゃ出来ることも出来なくなってしまうから。そのために寝る間も惜しんで練習する気だったんだけど、フィルに寝かせろと怒られたので練習は昼間移動している間だけになっちゃった。
「ニーカーまたかあんた」
「あらフィルこんばんわ」
「こんばんわ、じゃねーよ」
夜、こっそり馬車を抜け出して。月明かりの元、地面に魔法式を書き込んでいたら、フィルがこちらへと寄ってきた。あらま、寝てると思っていたのに。
私がぺたんと土に汚れるのも気にせず、地面に座っていると、フィルは魔法式を踏まないように私の横まで来て膝をついた。
「これまだ終わらないのか」
「終わりなんて無いわよ。呪いのパターンは実際に見ないと分からないから、何通りでもシミュレーションしなくちゃ」
そう、私がやっているのは傀儡の呪いに対抗できる魔法の構築。魔法はとても繊細だから型にはまった魔法の効果なんてたかが知れているもの。
だからこうやって緻密に魔法式を組み立てて、実際にペルーダの呪いと対峙したとき、どの魔法が良いのか瞬時に見抜けるようにする。
目的地は決まってる。でもその途中の道で迷子になら無いように地図を作る。私が今やってるのはそういうこと。途中の道には障害物があるから、どうやったらスマートに目的地につけるのか、万が一に備えて幾つかのルートを用意するの。
「……ニカはさぁ、天才魔法使いのグレイシアなんだろ。こんなことに意味なんかあるのか?」
木の枝をペンがわりに走らせていると、フィルがふとそんなことを聞いてくる。
私はそれにペンを止めることなく答える。
「……そうね。グレイシアは天才だった。環境にも力にも恵まれていたからこそ、最大限に能力が発揮できて。それがグレイシアを天才たらしめていたわ」
そうね、グレイシアは天才だった。
自分の手のひらでどんな複雑な魔法でも組み立てられた。そのための知識を手に入れる環境は整っていたし、保有する魔力量がそれを許した。生まれながらにして魔力との親和性が高かったから魔法の構築なんてしなくても事象を起こすことが可能だった。
でも、それにあぐらをかかずに私は常に前を目指した。自分を生かすためにがむしゃらに魔法を構築した。その結果が、この国の医療を根本から変えて、私に天才という称号を与えた。
全てはただの結果。
そして今の私はグレイシアの持っていたものを何一つ持っていない。蓄えた知識と、まだ馴染まない魔力を抱えているだけ。
「……私はグレイシア本人じゃないから、何もかも勝手が違うのよ」
私は木の枝を止めた。顔は下を向いたまま。髪で顔が隠れる。月明かりでも、フィルのいるところからじゃきっと私の顔は見えない。
「今もこうして、失敗しないように必死で可能性を洗い出してる、ただの臆病者」
華の栄光を知っているから、とてもとても高いところに私の求める完璧な偶像がある。私はそれにとって変わろうとする愚か者。足りないだらけで不安定な足場を積み上げて立とうとしている。いいえ、立たないといけない。
それなら不安定な足場を積んでも崩れないようにすることは当然でしょう。
書きかけだった魔法式をまた書き出そうと木の枝を滑らせる。この魔法式たちが、私を安心させてくれるの。
「……ニカ」
木の枝が地面に触れようとしたとき、フィルが私の手をそっと掴んだ。ぴたりと止まる。
「ニカはまだ子供なんだからもっと子供らしく振る舞ってもいいんだ。そんなに一人で背負い込むこともないんだぞ」
「……何言ってるの。私はグレイシアでもあるのよ。精神年齢だけなら三十路越えてるおばさんよ。フィルより年上なんだから」
「んなこといっても、あんたはニカだ。俺にとってはニカ。やんちゃで人の言うこと聞かないませたガキだ」
「フィル、氷漬けにされたいのかしら……?」
思わず魔力をそのまま放出して自分の周囲の温度をぐんと下げてしまう。魔法式の書かれた地面に霜が降りた。
寒っとかフィルがほざいて腕をさすってる。そのまま氷漬けにされる準備はいいかしら?
「わー! 待て待て待て! ストップ!! 悪くでもなんでもねーから!!」
ほんとに?? 悪意しか感じなかったのだけれど?
フィルが待った待ったと言ってくるから、不本意だけれど魔力は抑えた。
全く、フィルはもう少し言葉を選びなさい。




