倫理なんてものは通用しない
以前、フィルが私のために、身体能力強化のための魔具をくれた。意思を持った石の猫。たぶん、それと同じことなんでしょうね。
つまり、カリヤに譲られたこのカタナは、生きた剣。ただの剣じゃない、それなりの効力を持っているはず。
それを知りたいと思って口を開こうとしたら、その前にサリヤがうまい具合に割り込んできた。
「それ、この部屋で抜かないでねー。抜くだけでヤバイらしいし。抜くときは時と場所を選んでねー」
「分かった」
チャキ……と金具を鳴らしてカタナは鞘へとしまわれる。残念。まぁ、いつか見れるだろうからいいんだけど。
お師匠が、ペルーダ問題を解決するためにくれた物なんだから、そう遠くないうちに拝めるでしょう。
さて、それじゃそろそろ……
「役割分担を決めましょう。大切な作戦会議。もうカードは揃ってるんだから、もうこれ以上先延ばしにする必要はないわ」
そう言えば、サリヤはそうだねと頷いた。
「カードは出揃っていると言えばそうなんだけど。ニカ・フラメル、正直に言って、ペルーダにかけられた呪い、解けるのー? 結界を解いたとしても、その後が完璧じゃないなら意味無いよねー?」
サリヤはそうやってすぐ私を試すようなことを言う。でもそうね、私は何一つこの事に対して明確なことは言っていなかった。
「ペルーダにかけられているものは傀儡の呪い。傀儡の魔法ならば術者がいなくなれば解けるのよ。きっと封印の段階で術者が死んでいることは確認済。なのに解けないから呪いなの。呪いは体を蝕む。その意味わかるわよね?」
「呪いは術者に見返りを求めることで術者から独立する魔法……生きた魔法」
「解除方法が見つかっていないものの方が圧倒的だな」
「そう。だから禁忌指定がされてる」
サリヤとフィルが二人して顔をしかめる。カリヤが一人、不思議そうな顔をした。
「解除方法は結局無いのか?」
「たぶん、国中、いや世界中探しても見つかるかどうか怪しいねー」
「おいニカ、それならどうして自信満々に結界をほどく何て言うんだよ。無理だろこんなの」
「無理じゃないわよ」
フィルが少し叱り気味に言うけれどそんなことなんのその。私はけろりと断言してやる。
「呪いを解除するから駄目なのよ。守りたいものを新に考えれば、そんなことする必要ないのよ……まぁやること事態は危険なこと極まりないんだけど」
私はすぃっと腕を持ち上げて、あるものを指差した。カリヤがその先をたどって己の手元を見る。そう、そのカタナと同じなのよ。
「呪いに蝕まれた器をどうこうするなんて到底無理なのよ。いうなれば腐った野菜よ。二度と新鮮なものには戻せない……でも、種なら」
腐敗した中でも種さえ無事なら、また新たな形でスタートできる。
核となる魂を取り出すことができれば、後は器なんてどうとでもできる。たとえばそのカタナに蛇のように絡み付くその魔力。これは生きている。意思がある。でも精霊じゃない。これは人工生命。
人類は魔力で人工生命を作れるほどにまできている。そしてその作られた命を自由に扱える。命を消してグレイシアの医術のようにパーツを動かしていたことを魔力に覚えさせたまま移植したり、フィルの石猫のようにそのまま自由にさせたり、カリヤのカタナのように魔力に意思を乗せたまま宿物を決めたり。
それができるなら生き物の魂も、純魔力体に近い魔獣ならなお一層、できるはず。魂のあれこれなんて、魔法を極めた人間ならば造作もないこと。今はもうそんな時代。少なくとも、そんな魔法使いがいる時代。私を含めて、ね。
理論の組み立てはまだ甘いから最後の詰めをどうにかしないといけないんだけど、それもまぁたぶんどうにかなる。
だって『私』がここにいるのだから、できないことの証明にはならない。たとえ神の領域の出来事だと言われても、やらないままでは駄目。たとえそれがどんな危険を伴うものだったとしても、私には未練はないのだから、私以上に適任者もいない。
私はジョージに言った。「生きながらにして生という理からすでに外れてる」と。
倫理に反すると言われるような方法でしか解決できないのならば、私がそれをやるの。どのみち、サリヤの言うとおり、封印だって永遠ではないのだから。いつ途切れるのかわからないのだから。
たぶん魂をどうのこうのできる魔法使いなんてそうそういない。だから魔法倫理に関しての法などまだ作られていないの。ならば今のうちに。
「……ニカ、何か悪いこと考えてるだろ」
「悪いことなんてないわよ。だって私がやるのは人命救助ならぬ生命救助なんだもの」
「そういうことじゃないんだけどな」
はぁ……とフィルがため息をつくけれど、私はそれに知らんぷり。
───ごめんね、フィル。私はきっと、貴方が見つけたい最善の道を歩かない。歩けない。




