東渡りの剣
騎士の使うまっすぐな剣とは違って、反りの入った片刃の剣。見たことのあるような、ないような。
フィルと二人して首をかしげながら見ていると、不機嫌そうにカリヤは手を伸ばした。
「もう十分だろう」
「珍しい剣だなー。あんた、今までそんなの佩ていたっけか」
「騎士団の稽古帰りでこのままだっただけだ。普段は普通のものを使う。……これを打てる鍛冶はいないから、無用な刃こぼれはさせたくない」
「鍛冶がいない?」
思わず聞き返してみれば、サリヤがこれに答えてくれる。
「はるか彼方の東から来てる『刀』っていう剣だからねー。職人はもちろん東の鍛冶師。素材から製造技法までこの国の鍛冶師に真似できる人なんてほとんどいやしないんだー」
「ふぅん……また妙なもの持ってるのね」
東渡りの剣ね。どうして入手したのかとかすごく気になる。
私はこの国を出たことがない。この国の領土が広いということもあるけれど、そもそも私は王都のお膝元から離れたことがほとんどないのよね。いくらリコリスの村が王都から離れているといったって、まだまだその先には幾つもの村が、町が、ある。リコリスはまだ王都の圏内。馬車を使っても1ヶ月かけないと行けないほどの辺境にだってこの国の村はあるから、この国の領土は相当広い。まぁこれは極端な例なんだけど。この国の北の最果てが山脈地帯だからね。馬車が通らないのよね。王都は国の南に位置してるから、余計に遠く感じるだけ。
北と比べれば西南東は割りと国境も近く感じる。東のリコリスの、それよりもずっと先。国境すら越えた先にある、東の国。まるでお伽噺のよう。
「それで、カリヤはそのカタナとやら、使いこなせるの?」
「愚問だな。でなければ持たん」
「あはは、ニカ・フラメル、良いこと教えてあげる。カリヤは普通の剣を持たせるより、刀を持たせた方が強いよ」
あら驚いた。それならなんで普段から持ってないのかしら。刃こぼれすると言っても、鍛冶が少ないと言っても、そんなの宝の持ち腐れでしょう。
その事をそのまま言えば、カリヤはものすごく微妙な顔をした。何、その顔。
「カリヤ変な顔ー」
「うるさい」
サリヤが煽るけれど、見事に一蹴されてしまう。
でもサリヤはめげなかった。
「話せばいいじゃん。減るもんじゃないし」
「……」
「そうだなー、彼らに話したらご褒美をあげるよ。というか、これはもうカリヤのけじめの話だから、このご褒美を受けとるのも、君の気持ち次第なんだけど」
「ご褒美?」
「うん。それはまぁ、後のお楽しみー。ほらほらカリヤー、話そーよー」
サリヤの言うご褒美が気になるけど、まぁ、私たちには関係ないか。
とか何とか思っていると、カリヤがはぁ、とため息をついた。
「……フェアじゃないか。小娘にばかり秘密を話せと強要していては、アーシアにまた叱られる」
「カタナの秘密よりさっきの恋愛事情の方がよっぽど興味ある」
「……」
ぎろりと睨まれたので口を閉じます、えへ。
まぁ、そんな感じでカリヤはカタナのことを白状してくれた。
「この刀は私の剣の師匠から受け継いだものだ。その際、約定を交わしている。この剣に無用な血を吸わせるなと。だからこれでは実戦には用いん。それだけだ」
私は眉を潜める。
ふぅん……つまり斬るなと。剣を授けたのに、斬るなと、カリヤの師匠は言ったってこと?
カリヤの師匠ってなんて非現実的なのかしら。剣なんて斬るためのものなのに。せっかくの剣も剣術も、受け継ぐだけで使われないのなら、剣を持つ意味などない。
それでも、その約定を守ることにはきっと意味がある。だからカリヤは律儀に守っているのかしらね。
「それにしてもそのカタナの師匠とよく出会えたわね。東から流れてくる人なんてただでさえ珍しいのに」
「国を追われたと言っていた。良い師であったから、どうして国を追われたのかずっと不思議だった。いつか詳しく聞こうと思ったが、師はまたどこかへ旅立って言ってしまってな。それ以来音信不通で謎につつまれた人になってしまった」
そうなの、と私が簡単に流すとカリヤは不満そうに顔をしかめた。だってそれ以上言うこともないし。
サリヤはこれでいいかなと言いたげにパンパンと手を叩いて注目を集めた。三人ともそちらを見る。
「と、いうわけ。特別珍しいものだから、折れないようにその刀を使った実践はカリヤあんまりしないんだよ」
さてここで、とサリヤがにんまりと横においていた細長い荷物を手に取る。お師匠から受け取ったそれをカリヤに差し出した。
「はい、ご褒美。ペルーダの足止めになまくらじゃ役に立たないだろうってことで頂いた。ただしこれを与える代わりに、ペルーダの鱗か爪か、なんでもいいから一部分を採取してくることって言われちゃった」
カリヤが自分からサリヤに歩みより、その手から布の巻かれた荷物を受け取った。するすると柔らかな布を捲ってみれば、中から出てきたのは、一本のカタナ。
真っ赤に染まった鞘には螺鈿の細工がされていて、鍔も赤く透き通り、その上花のような紋様が透かし彫りにされている。柄だけ黒いけれど、その黒さはとても力強い。
カリヤは無言でその刃を半分ほど抜いた。片刃の刃に波が見える。テーブルに灯された燭台の火が波に揺らいで見える。
剣を知らぬ私でも名刀だと思わせるその芸術の域にまで達した美麗さ、その洗練された在り方。そしてそれ以上に。
「……火属性の加護がある」
そう、この刀から漏れ出る火の気配。鞘によって封印が施されていたのか、抜き身からは陽炎のように魔力が溢れ出ているように感じた。
「フィル、何か見える?」
「炎の蛇が、刀身に棲み憑いてる。精霊……いや、魔法で作られた魔力生命体か?」
フィルが言うならたぶん間違いないでしょうね。私はまだ魔力を視る領域まで修練を積んでいない。でも精霊なら魔力を感じて波長を合わせられるようにはなった。それなのに見えないということはそれは純粋な魔力のエネルギー。
お師匠はなんていうものを持っていたのかしら。




