またいつかお茶をしに来ます
ずっと森の入り口に止めてあった馬車へと歩いていくと、どうやら森の入り口の辺りがざわついているようだった。なんだなんだと怖じけず歩みを進めると、カリヤがそこで馬をうろうろさせていた。カリヤの他に、数人たむろっていた。よく見れば、サリヤの屋敷の使用人たちだと気づく。
「サリヤ!」
「あれー、カリヤじゃん。何でここにいるのさー」
「阿呆。私の方が遅いと思っていたのに屋敷にいないからだ」
「あー、ごめんごめんー」
あはは、と笑うサリヤだけどカリヤにとっては笑い事ではないらしく、まなじりを吊り上げている。これはどうやら怒っているようですねー。
カリヤに捕まったサリヤを後ろから傍観していると、怒り心頭の騎士様の矛先はこちらへも向かってきた。
「フィルレイン。貴様、サリヤのことを任せたのになんたる怠慢だ」
「門限が数日過ぎたくらいで怒るなよ。そもそも俺のせいじゃないし、危険なことなど無かった。無傷だろう?」
「それでも屋敷に連絡の一つくらい寄越す脳はないのか。屋敷の者も皆心配していたぞ」
じろっと目だけで殺せるくらいの殺気を放ってカリヤはフィルを睨んだ。けれどフィルはけろりとしてる。サリヤが苦笑しながら、どうどうとカリヤを納めた。
「連絡を入れなかったのは悪かったよー。でもまぁ、大きな収穫があったから許してよ」
「だが……」
「食い下がらない。ここからは仕事の時間だよ、カリヤ」
複雑な関係の双子の雰囲気が、サリヤの言葉一つで引き締まる。カリヤはまだサリヤに言い足りなかった様子だけれど、口をつぐんだ。
「皆も心配かけたねー。でもこれから帰るから大丈夫ー。エルヴィーラ様、お世話になりました」
「礼儀正しい子は嫌いじゃないですよ、火鳥の子」
サリヤはさくっと挨拶をして馬車に乗り込んだ。馬車の御者をカリヤは連れてきていたようで、馬に乗っていた一人が御者台に座っている。空いた馬は馬飼いが面倒を見ているみたい。なんて用意周到な。
フィルもお師匠に挨拶をして馬車に乗り込んだ。私も、お師匠と向き合う。
「お師匠、色々とありがとうございました」
「お礼を言うくらいなら見返りを寄越しなさい。貴女に投資した物は決して安くはないんですよ」
「あはは……」
見返りって。そんなこと言われても、私には何もないからあげられるものなんて何もない。困ってしまって目を泳がせていると、お師匠はそうですね、と考えるそぶりを見せてから、とんでもないことを言い出した。
「ペルーダをください」
……本当にとんでもなくて、一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
さらりと涼しげに言われたそれは、果てしなく難易度の高い見返りで。私は眉をひそめてしまった。
そもそもペルーダを私たちにどうこうできるか分からない。もし失敗したら、どうなるのか検討もつかない。
そんな色々をぐるぐる思考してる私の額を、お師匠はぐりぐりと指でほぐしてきた。痛い痛い、痛いって!!
「何するんですかぁっ!?」
「難しく考えなくていいのですよ。見返りなど、もしできたらの話ですし。……子が死ぬのを二度も見たがる親がどこにいますか。今回、私にとってのメリットはそういうことですよ」
「───」
心が洗われた気がした。昔、私がお師匠の元に来たときのことを思い出す。この人は私に「師として、また貴女にはまだ必要な母として、貴女を育てましょう」と言ってくれた。この人はグレイシアの育ての母。
だからこそ、この人は。
いつも飄々としているからその真意は読み取れない。でも、ここまではっきりとお師匠が言葉にするのも珍しい。だから私は思わずお師匠に抱きついた。
「お師匠、いいえ、エルお母様。ありがとう。そして私が甘えるのはこれが最後となりますように、どうか」
「ええ。貴女は小さくとも立派な大人。私が貴女を甘やかすのも最後です。さぁ、いってらっしゃい」
お師匠もそっと私を抱き締める。それから額に、親愛のキスを落としてくれた。私も背伸びをして、少し腰を折ったお師匠の頬にキスをする。
「行ってきます」
「いつ会えるかは分かりませんが、星が巡り合わせるその時を楽しみにしています。その時は貴女を客人としてもてなしましょう」
「───はい!」
またいつか。
本当なら何も持ってないニカ・フラメルが簡単に会えるような人ではない。それでもお師匠は私をもてなしてくれると言った。グレイシアとして、ニカとして。それはどちらでもあるし、どちらかだけとも言える。
私も、次にお師匠に───エルヴィーラ様に会えるのが楽しみです。
さぁそれじゃぁ、感傷はここまで。
私が彼女に会った意味を証明しなければ。
そして見向きもしなかった、過去への精算を。




