魔力の封印をしたのは
魔力を解放してはや一週間が経った。
私が倒れてから、速攻で魔法陣を踏み荒らすグレイシア人形をサリヤが砕き、お師匠は私の中に潜んでいた闇の封印魔法を引きずり出した。しかもあまつさえ、詳しく解読するとか言って、ちゃっかりと魔法を「保存」した。どうやってやったのかは教えてくれないけれど、そんなことできるのはお師匠くらいだろうから、気にしないことにしたわ。
私は丸三日眠っていたそう。本来あるべき魔力を空っぽにしてしまったから、その回復のために意識が戻らなかった。グレイシアの時も、何度かこういうことがあったから、私としてはそれに問題はなかったんだけど、心配したフィルとサリヤがわぁわぁ騒いでお師匠に一度叱られたみたい。起きてことの顛末をフィルから教えてもらったから、間違いないでしょうね。ちょっと見てみたかったかも。
今は魔力の回復をしながら、魔法の使い方についてリハビリ中。体を休めつつ、一日に数度、魔法の練習をしているの。
……起きた私の首、両手首、両手足には、火属性のかかった魔法道具があった。チョーカーにブレスレットとアンクレット。私の魔力を解放する間、フィルが作っていたもの。作り方事態は簡単だから、手先の器用なフィルはさくっと作ってしまったらしい。
私はその魔法道具によく似た物を、グレイシアがつけていたことを知ってる。
グレイシアの魔力質は高い。氷属性の彼女は魔力質が高くて体内の水分が凍結してしまうこともしばしばあった。冷え性なんて可愛いもので、血液の流れを止めないためにはこれが必要だった。
私を生かすための首輪。これでもう、私は本格的にお父さんに会うわけにいかなくなったな。だって、この首輪がグレイシア以上に必要な人を彼は知らないから。
「後悔はしないけどね。どのみち、来年には家を出て、何処かへ消えるつもりだった訳だし」
それが一年早まっただけ。魔法が使えるようになった分、便利になったわ。
きゅっと懐に入ってる、ルギィの魔法石を握った。フィルが作ってくれたものだけど、もう私には必要ない。それでも手放したくないのは、どうしてだろう。これだけじゃない、あの石猫も、もう必要ない。私は私で守れる。
一人、あてがわれた部屋のベッドの上で思考に耽っていると、コンコン、と扉がノックされた。どうぞー、と言うと、入ってきたのはフィルだった。
「あら、どうしたの」
「あー……いやな? サリヤがペルーダ関連のことでエルヴィーラ殿に協力を頼み込んでるんだけど、やっぱり駄目みたいでな。時間も無いことだし、明日には帰ると。一度、サリヤたちの屋敷に戻ってから作戦練って現地へ行くって」
「そう……分かったわ。どうせお師匠のことだから、私の責任なんだから私にやれって言ってるんでしょう。死んでからも迷惑なんてかけて不出来な弟子ですね、とか言ってそう」
「ははは……」
否定しない感じ、たぶん言ったわねお師匠。弟子の扱いひどくないかしら。まぁでも弟子の特権でここまでやってもらえたのだから、感謝しないと。
はぁ、とため息をついてぽふんと枕に顔を埋めた。あー、これから忙しくなるわね。
「あ、それと。エルヴィーラ殿がお前に、ノゼアンのことは思い出したのかと聞いてこいとも言ってたな」
あ。
……あー。そうだった。どうして私が『彼』の名前を忘れていたのか。これをちゃんとお師匠にも報告しないといけない。
「うー……。お師匠は客間?」
「おう」
「……ちょっと行ってくる」
「俺も行っていいか?」
「いいけど、面白いことなんてないわよ?」
「少し気になることがあるからさ」
「? ま、いいけど」
ひょこっと起き上がって、ベッドから体を下ろした。フィルと一緒に部屋を出て、仲良くならんで狭い廊下を歩く。そんなに大きい家でもないから、客間はすぐ側だった。
客間に入ると、お師匠がお茶を飲みながら本を読んでいた。ティーカップのすぐそばに黒々と波打つ液体の入った小瓶もある。あれ、もしかしてお師匠が保存した封印魔法なんじゃ……。
「ニカ。座りなさい。風の子も」
本から顔をあげずにお師匠は言う。私とフィルは言われた通り、お師匠とテーブルをはさんだ真正面に座った。伏せてあったティーカップを直して、私は自分とフィルの分のお茶をポットから注いだ。
「お師匠。あの人のことなんだけど……」
「その様子だと思い出したようですね」
お師匠はパタリと本を閉じた。机の上に本を置き、とんとんと小瓶の前で、人差し指で机を叩く。
「結論から言いましょう」
「結論?」
「ええ。ニカ、貴女の魔力を封じ込んでいたこの魔力。まず間違いなく、ノゼアンです」
私はその答えに動揺はしなかった。闇属性と聞いていたから、記憶が補完された今では可能性の一つとして十分ありえる答えだったから。
だけどそこで、フィルが小さく挙手をした。
「はい」
「どうぞ、風の子」
「ノゼアンって何者だ?」
あー、そっか。フィル知らないのか。
「ノゼアンはグレイシアの父親。闇属性の魔法使いで、お師匠の弟なの」
「ふーん……」
光と闇は常に一対。お師匠が光の属性を手にいれたと同時に、彼は闇の属性を手にいれた。プラスに働いたお師匠の光属性と違って、闇は目に見えた影響はなかったから、魔法が後天的に使えるようになった人と回りの人からは言われていたらしい。
ノゼアンはお師匠同様、研究肌の人だった。魔法を使うことが苦手で、どちらかといえば新しいものを創造するというよりも、過去の遺産を解明するっていう研究に精を入れていたと聞いた。
聞いた、というのは、なぜならばグレイシアが王都にのぼって以降、姿を消したから。手紙だけを残して、アマリスのあの屋敷から姿を消した。お師匠に預けるという旨の手紙と、幾ばくかのお金を残して。
グレイシアの母親はグレイシアが生まれてすぐに亡くなった。これは村人が言ってることだから間違いないのよね。だからわたしはお師匠の家で暮らすことになったの。
ノゼアンの行方は知れぬまま。彼はいったいどこにいるのか。でも一つ、私の中で手がかりにもならないだろうけれど思い出したことがある。
「王都に来るとき、夢を見たの」
「夢?」
「体調を崩して。それで宿を借りたときに夢を見たのよ。誰かが私に会いに来た夢。なんとなく、あの人に……ノゼアンに似ていた気がするわ」
これを言ったところで謎が解けるわけでもないけれど、もしこれが夢ではなかったら、ノゼアンは私に、『ニカ』に接触してきたことになる。でも、夢だから関係ないのよね。今の今までこの夢を見たことすら、忘れていたわけなのだし。
「……いやニカ。それきっと夢じゃない」
そうそう。夢じゃない。そんな都合よく現実だったってことあるわけな……
「限実にあった。俺、確かにノゼアンの魔力を感知した」
「そうそう、現実だった………………え?」
どういうこと?
「俺聞いただろ、お前に宿出るとき。お前の部屋にいた奴誰だって。ヤバイ気配の奴がいたって」
「あー……? サリヤがべろんべろんに酔ってた奴?」
「の、前」
「……そういえば聞かれた気がするわね」
やっぱり私の記憶が混濁していたのかしら。今の今まで忘れていたし、聞かれたその時はまったく分からなかったもの。
「つまり、ノゼアンは一度貴女に接触しているということですね、ニカ」
「みたいです」
私に接触してきた。しかもアマリス村ではなくて、アマリスから出た後。なんのため。あの人は動けない私を見てなんと言っていた。何かを言っていたことは確かなの。熱で朦朧としていたから、思い出せない。
「……何か、言われた気がするけれど、ごめんなさい。思い出せない」
「なんて不甲斐ないのでしょう。たった一つの手がかりになるかも知れなかったのに、貴女のせいで一つつぶれたようなものですよ」
うっ……そ、そこまで言わなくてもいいじゃないのっ。
体調崩して寝込んでいたのだから!!




