意地っ張りなやつ
言いきってしまえば意外に呆気ないものだった。フィルもサリヤも黙ったまま、お師匠だけがこの場の主導権を握っていた。
「さて。それではそういうことなので、いよいよニカの魔力の封印を解くとしましょう」
「いやいやいや」
フィルがちょっと待ってとでも言うように苦笑いをする。
「結構重要なことだから、そんなさらっと流されると」
「困りますか? ですがこちらとて時間がないのですよ。私は言いました。ニカの魔力はもう暴走寸前。十数年にも及ぶ魔力の停滞と悪循環は彼女の身を滅ぼす際にあります。彼女の正体を知ったことで、まずやるべき事は早急に彼女の魔力を元に戻すことですよ。このまま放置してこの家を氷漬けにされてはたまりませんからね」
お師匠、本音は一番最後だけでは。言ってやりたいんだけど、実はもう、意識を保つだけで精一杯。お師匠のかけた目眩ましの魔法が未だに燻ってて、頭がくらくらするの。
かたかたとテーブルについていた腕が震える。震えないように必死に押し止めても、体の限界が精神を越える。
「……フィルレイン、僕より君の方がよく分かってると思うけど、彼女の限界は思ったより近いよ」
チラリと目配せしてきたサリヤ。フィルがはぁ、と一つ溜め息をつく。理由はなくとも予想をついていた答えへ肯定がきたら、私だってその理由を尋ねたくなる。探究心の強い魔法使いだからこそ、ね。
フィルはぽんっと私の頭に手を乗せる。
「ありがとうな、ニカ」
ありがとう?
一瞬何を言われたのか分からなかった。だって、恨まれこそすれ、感謝を言われる筋合いなんてない。肝心なことをはぐらかしてばかりいた私は責められるべきなのよ。どうして、感謝の言葉を言われるの?
フィルの言葉に戸惑っていると、お師匠がはいはいと手を打って注目を集めた。
「裏へ行きましょう。外へ出て封印の解除をします」
「え、できるんですか?」
さらりと言ったお師匠の言葉に、サリヤが少し驚いたように聞く。お師匠はなんてことのないように答えた。
「複雑な封印だとは言いましたが、できないとは言ってません。視える私なら、構造が読めるので解くことは出来ます。ただ、属性の問題として貴方達にも手伝ってもらいますが」
椅子から立ち上がったお師匠がこちらへ、と促す。サリヤがまず最初に動いて、私もと思ったらまだ目眩の感覚が残っていてふらついた。
机に手を置いて自分の体を支えようとしたら、後ろから誰かが抱き止めた。振り向かなくても分かる。フィルだわ。
「ほら、連れてってやるよ」
「大丈夫よ、一人で歩け……きゃぁっ」
「意地っ張り」
呆れたようにフィルが言うけれど、私のなけなしのプライドくらい許してよ。
じろりとそう思いを込めて睨み付けてやれば、フィルは私の気持ちを無視してほらよ、と横抱きで抱きあげる。ふわっと浮いたからだにびっくりしたら、そのままフィルは歩きだして。
ちょ、ちょっと!
「自分出歩けるってば」
「あんたがちまちま歩いてると日が暮れるだろ」
「そんなにかからないわよ」
むっとして言い返したけど、時間がないとお師匠がせっついている今、意地を張って移動に時間をかけるべきじゃないのも確か。今まで無かったような、魔法をかけられての作用が起きてるのだから、無理はよくない。今の状態が危険なことは、私も知ってる。
だから少し恥ずかしいけれど、落ちないように、そっとフィルの首に腕を回した。フィルが意地っ張りなやつ、ともう一回言って笑うから、ふわっと首筋に息がかかる。く、くすぐったい……!
顔が火照った気がするけれど、気づかれたくないから、私はフィルの肩に顔を埋めた。ゆらゆらと体が揺れるけど、フィルが支えてくれるから怖くない。それに初めてじゃないんだから、そんなに恥ずかしがることも……。
そこでふと思考が止まった。いや待って、なんで私、フィルにお姫様抱っこされるのに慣れちゃってるのよ。私の一筋はお父さん、私の王子様はお父さん、彼一人。なのになんでフィルなのよ。フィルにときめく理由なんてないじゃない。
「……なんでお父さんじゃないのよ」
「おいこら聞こえてるぞファザコン」
「気にしちゃ駄目よ」
ぼそりと呟いた言葉をフィルは性格に聞き取った。地獄耳ね。……いやまぁ、私が耳元に位置するところで呟いたのが悪いのだけれども。
どうしてお父さんじゃないのかとは思うけれど、別にフィルが嫌なわけじゃないのよ。嫌だったらとっくにフィルから離れてる。
だからね、フィル。私が何者になっても、そばにいてくれると嬉しいわ。口には出せないけれど、心の中ではあなたのことを信頼してるのよ。




