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F*ther  作者: 采火
本編

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119/153

私という存在

口から言葉が飛び出る前に、フィルが椅子から腰を浮かせて私の口元を手で隠した。お師匠もサリヤもぱちくりと目を瞬いている。


「俺の前で、それは言うな」


静かに放たれた言葉に、私は一瞬何を言われたのか分からなかった。でも、よくよく噛み砕いてみれば、何てことをフィルの前で言おうとしたのか青ざめる。

察しの良いフィルなら、私が言おうとしたことに気づいてもおかしくない。血の気が引くようだった。


「あの……フィル」

「本当はあんたが言わない限り、こっちからは何も言わずにおこうとは思っていたけど。エルヴィーラ殿の協力がなくちゃ、もう何もできないんだ。あんたが後悔するところはそこじゃないだろう」


だって、私がグレイシアということを人に話して良いことなんて何もない。お父さんの耳に入ったら、私はもうあの人の前に立つことはできない。

大好きな人に会うだけで良い。形なんて何でもいい。ずっと一緒にいられないなら、私には生きる意味がないのよ。

後悔だらけの人生よ。それなら今までと変わらないで済む方法で良いじゃない。黙っていれば私は後悔しないのよ。

フィルは腰を落ち着け、じっと私を見つめてくる。


「ルギィを助けないでこのまま見殺しにするつもりか? ニカだけが頼りなんだ。あんただけが封印堰の解き方を知っているなら、あんたがやらないといけないんだよ」


……それは。


「そうだよ、ニカ・フラメル。自分にしか解けないって言っておきながら、自分が力になることを拒否してる矛盾に気づいてる?」


サリヤがカチャリと茶器を鳴らす。そこではじめてお茶を一口、こくりと飲んだ。


「うん、美味しいね。因みに僕、信じられないことだけど、君の正体の答えは仮説をすっ飛ばしてもう結論付けてる」


びくりと肩が震えた。何ですって。

サリヤは茶器を置くと、フィルにも視線を寄越した。


「フィルレインもそうだろう?」

「……まぁなー。そこの意地の悪い『お師匠』のせいで」


え、嘘。

私は思わず自分の口元を両手で覆ってちらりとお師匠の方を見た。お師匠はいつもの笑みを仮面のように張り付けたまま。


「自分で何を話したかを把握していないほど、貴女は今切羽詰まってる。いい加減話して、楽にはなりませんか」


そんな……これ、自分で気づかないうちに言ってたってこと? 誘導尋問……ではないけれど。自分から墓穴を掘りに行ったようなものだから。今までの会話も行動も、思い返してみたら私が知らないと一言言えば良いだけだった。なのに私はそんなことにも気づかないで。

ふふ、馬鹿みたい。知られたくないってあんなに喚いてもきっとどこかでは気づいてほしかったのよ。冷静に考えれば、私は何もしなければ良かったの。お茶を淹れることも、道案内をすることも、それこそルギィのために王都へ来ることも。

全く、自分が嫌になる。変な正義感とか責任感とかなんて全て脱ぎ捨てちゃえばよかったのに。自嘲が込み上げた。

……でも、それが私を私たらしめるものだとしたら。思い直してみれば、なんてあっけない。

私はいい加減、腹をくくらなければならないわ。私が、ルギィを助けて、それでも尚、私を引っくるめたニカ・フラメルであろうとするならば。


「……話せば、良いんでしょう」

「ええ、そうです」


お師匠が微笑んで先を促す。全くもって、この人の手の上で踊らされるのが気にくわないけれど、こうでもしなくては私は立ち止まってしまったに違いない。そのことに腹が立つ。


「……ニカ・フラメルは死んでなんかいない。でも私は死んだことがある。ニカは生まれたときからニカだけど、私はニカが生まれる前からから私なの」


もうどうでもよくなったと思った途端、あれほど喉の奥でつっかえていた言葉がすらすらと飛びだした。

大切に引いてきた境界線。手がぶれてガタガタになったことはあるけれど、私はこの境界線を引き続けていくつもりだった。その境界線を自ら消そうとしているんだ。


「私は正真正銘のタレス・フラメルの娘。どうあろうとしてもその事実に揺らぎはないわ。だけど……だけど」


たった一言、たった一言を言うだけがこんなに重たい。今まで意図して避けてきた言葉を自ら言うのがひどく辛い。

たった一言いうだけなの。そうしたら私は楽になれるの。だから、言って。自分のためじゃない。ルギィのためにも。

私だけじゃない。彼の命がかかってる。


「───私の、魂の名前は」


ぎゅっと唇を噛む。どくんどくんと心臓が激しく鼓動する。胸を破いて飛び出しそうなほどに、心臓が跳ねている。

呼吸が、崩れる。


「落ち着きなさい。貴女のそれは、心の呪い。何てことはないものです。貴女は、貴女の本当を話しているだけですよ」


お師匠の言葉がストンと胸に落ちる。そうよ、私はありのままの私を話しているだけ。

静かに成り行きを見守っているサリヤ、不安そうな面持ちでもなお何も言わずに待ってくれてるフィル。私は彼らに謝らなければならない。


「──グレイシアは私の魂に刻まれた名前。逃げ回っていてごめんなさい。あなた達の欲しい答えは、最初から目の前にあったのよ」


固く築き上げる境界線を作ることはもうできない。

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