話すくらいなら
紡いだ言葉は取り消すことはできない。
忘れることはできても、無かったことにはできない。
「一度死んでるって……」
フィルじゃなくて、サリヤが私の言葉を拾う。本当は知られるべきじゃない、言うべきじゃない、ずっと思っていた。
とうとう口をついて出てしまった言葉に早くも後悔が押し寄せてくる。じわりと目尻が濡れた。
「……お師、匠…………」
「よく、言いましたね。それで良かったのですよ」
珍しく優しげに微笑んだお師匠に、私の涙腺は呆気なく崩壊してしまった。だって、だって……!
「私は、言うつもりなんか、無かった、のに……っ!」
「知ってます。だから言わせたのですよ。負い目になるくらいなら、さっさと話せば良かったのです。そうじゃないと話が進みませんから」
微笑みながらしれっと言うお師匠にすっごい殺意が沸いた。手近にあったティースプーンを八つ当たり気味に投げつけてやるけど、魔法により、あっさりと空中でその動きを停止させられて机の上にからんと落ちた。
たやすく呆気ない。お師匠はいつも私のプライドを、赤子の腕を捻るように砕いてくる。質が悪いから、あまり関わりたくはなかったのが本音。
「お師匠のばかぁ……っ」
「なんとでもおっしゃい。時間と命の大切さ、この二つを天秤にかけていたのはいつも貴女の方でしょう」
うう、それを言われてしまうとぐうの音も出ないけれど。それでも、私が言いたくなくて、誰にも言わないで来たことを、どうしてこのタイミングで、どうしてこの二人の前で、言わなくてはならないの。お師匠の言ってることは正しいけれど、私という個人のことを考えてはくれないの?
次々に溢れてやまない涙を拭っていると、どうすればいいのか分からずに止まっていたフィルが口を開いた。
「……ニカは、生き返ったことがあるってことか?」
「そ、そうだよ。一度死んでるってやっぱりそういうことなの? それが魔力に何らかの作用をもたらして」
「違います。それに私は、誰かによって封印がかけられていると診たのです」
「死者を蘇生させるなら、それを行う魔法使いがいて当然では?」
「だから違うと言っているのです。そもそもニカ・フラメルは死んでなんかいません」
「それなら死んでいるっていう意味はどうなるんだよ」
じっとフィルが私を見つめる。涙で歪んだ視界でもそのことははっきりと分かった。これはとても大切なこと。真面目なフィルを誤魔化すことは難しい。
どんなに隠していても、隠すことをやめてしまえばもう隠すことは出来なくなってしまう。
分かっていたのに。もう二度とニカがニカらしく生きることはなくなってしまうかもしれないと分かっていたのに。
私はもうこの場にいることにいたたまれなくなって椅子から立ち上がるけれど、お師匠がくいっと杖を振るった。
「目映き明かりに眩む魔法」
「……!」
くらっと目がチカチカして立っていられなくなる。すとん、と椅子に逆戻り。すごく気分が悪くなる。まるで三半規管が狂って馬車に酔った時のような感覚。
「今さら逃げることを私が許すと思ったのですか。馬鹿ですね、昔のように抵抗ができないというのに、抵抗ができないことすら忘れたように振る舞うなんて愚かだと思いませんか」
「……何とでも、言ってください」
「強情ですね」
呆れたようにお師匠は言うけれど、私だって十五年も秘密にしてきたことを簡単に言うつもりはないわよ……というか、本当に、この魔法気持ち悪いんだけれど……!?
でも意地を張って、私は言わない。たとえ吐きそうなほど気持ち悪くて目がチカチカしても、私はこれ以上のことを言いたくはないの。
「死の間際に立ってもそんなこと言えますか」
「死の間際に立っても、言える。どんなに罵倒を受けても、私はこれ以上、昔に引きずられたくないんです」
「……それこそが、引きずられている証拠でしょうに」
……流石に、その言葉には反論できないかな。だって私もそう思ってはいるもの。
でも大切なことだから。
「……お師匠」
「はい」
「魔法はいつ解いてくれますか」
「あら?」
あら? って。なんで予想とは違う返事が返ってくるんですか。てっきり「貴女が話すまで解きません」とでも言うと思ったんだけれど。
お師匠はそっと手を伸ばして私の目に手のひらを翳した。それからついと胸の方まで下げてゆらゆらと指を動かす。
「……あらあら」
お師匠が魔力の流れを視て弄り、その身で感じ取ったようで、頬に手を当て、困ったような顔をした。
「これはちょっと予想外ですね。私の魔力を貴女の魔力を封印している大元が食らって吸収しようとしているみたいです。そうですか、そうやって魔力を抑えつけていたのですね……私が以前に見た魔力の暴発寸前のあれは容量を超えるほどの魔力が製造されたと考えた方が自然ですね」
えぇっと、吸収してるから私の体調に不調をきたしてるの? え、それって。
「対応外の魔力に戸惑っていますね。このままだといつ暴走するか分かりませんよ。ここまで短期に何回も暴走して堪えられなくなるのは貴女の体の方ですから」
ほらみなさい、とでも言うようにお師匠が言う。
分かってる。分かってるけれど、私は。
「……それならいっそ」
ころして。




