侮らないで
魔力の質。それは属性によって変わるものだけれど、精霊レベルの純度の高い魔力で無い限り、外界への影響はない。つまり、人間程度の魔力質じゃ、せいぜいが水の属性の魔法使いが軽い冷え性だったり、火の属性の魔法使いが平熱高かったりするくらい。
だけど、グレイシアの魔力質は、精霊の純度の高い魔力と同じくらいのものだった。グレイシアが病弱だったのは、そのせい。
私の魔力の性質は氷。あまりにも冷えた水は滞り、固まってしまう。……グレイシアの全身の血の流れは、氷の魔力のせいでさらさらと流れてはくれなかった。脈拍はいつも少なくて、少し激しい動きをしたら貧血になってしまうこともしばしば。冬場の北国のようにとても寒い日は、魔力が活性化してひどいと血液が流れなくて心臓が停まってしまう。
……一度、心臓が止まってからなのよね。その時はなんとかなったけれど、二度と同じことは起こしてはいけないって思って、私が本気で魔法を医療に組み入れようとしたの。光の魔法で治癒力を高めるんじゃない。体に足りない機能を魔法で作り上げる。そう考えた。
魔力が同じってことは魔力の質も同じということで。フィルの目の前で魔力が解放されたときも周囲を氷漬けにしていたんだから間違いない。
私は、自分の魔力に殺される。
「……隠し続けたまま、魔力を解放していたら、私は死んでたって言いたいんですよね」
「ふふ。物分かりが早いのは良いことですが、貴女の事だからどうせ自分が犠牲になるならある意味万々歳とか思っていたりしてそうですね」
あーもー、確かにその可能性は考えていたのよね。私に魔力があるって事が分かってから、頭をよぎってはいたのだけれど……それでもいいと、それで救われるものがあるのなら、死んでも良いやって思っていたことは否定できない。さすがに万々歳とまでは言い過ぎだと思うわよ?
でもこのことに黙っていられないのがいた。
私の保護者役を引き受けたフィルが、食い下がる。
「おい、どういうことだニカ」
「……どーもこーも無いわよ。私が今ここで生きていられるのは、魔力が封印されてたおかげってことでしょう。誰のせいかは分からないけれど」
ほんと、これに関しては誰かによって操作されていないと起こり得るはずがない。自然に起こりうる現象なら、今までに症例が出ていてもおかしくないもの。だけど私が知る限り、神話にまでさかのぼってやっと似た症例がでてくるだけ。誰かが神話を元に魔法を編み出したと考えるのが一番不自然じゃないのよね。
でも、フィルはそんなことじゃないと声を荒げる。
「違う、そうじゃない。自分の犠牲どーのこーのの件。自分を犠牲にするつもりだったのなら、お前はもうルギィの件から手を引け。魔力が使えないなら危険が増すだけだ」
はぁ!? なんでよ!
「魔力が使えないなら使えるようにするだけじゃないの」
「使うことに問題があるなら使うなってことだよ」
「問題を解決すれば良いことでしょう」
「そんなうまく行くもんか」
目尻をつり上げて言うフィルにむかっとする。
頭ごなしに否定してくるとか、フィル、貴方こそ分かってないんじゃないの? 私に危険だとか言っておいて、これ以上戦力を削るのは愚者の極みよ。ここで私が離脱したら、誰があの複雑な封印堰をほどくの。万全を期すには私の力が必要なはずよ。
「ジョージのメモを解読したのは私よ。ペルーダの封印を解くには私じゃないとできないわ」
「そんなの、俺かサリヤがやれば良いだろう」
「馬鹿言わないで。呪いを受けたペルーダを誰が抑制して呪いの解呪をするの。こちらは魔法に明るい人間が私含めても三人しかいないのよ。二人でその全てができるの? できないでしょう」
「そんなの事前に」
「研究する暇は無いわ。正直、実物を見ないと解呪はできない。しかも失敗したらもう一度封印するか、それこそ倒すしかないのよ。誰にも知られないように事を納めるには助けを呼べないの分かってるでしょう」
そこまで言い切れば、フィルは口をつぐむ。私に言い返してこないところを見ると、たぶん何が一番効率が良いかが分かったんじゃないかしら。
どうせ大人になったらもてあますだけになるこの命。綺麗な散り際があるのなら、それに乗じてもいいじゃない。私には生きる意味がないのよ。目的なくたゆたうだけの人生なら捨ててもいいじゃない。
ああ駄目、これじゃ駄目だとニカは叫んでる。叫んでいるけれど、今の私の思考は───
「私は一度死んでるのよ。私が生きてる意味なんてただの惰性でしかない」
言ってはならないことを、言い切ってしまった。




