お茶を淹れてください
王城から離れて西へ少々。ずうっと西の方には他国へ通じる道があるというけれど、私達が行くのはそんな遠い場所じゃない。
王都を囲む西の壁を抜けて、街道を少し反れたところにリッカの森がある。その森の中にエルヴィーラの屋敷がある。屋敷と言ってもそんな大それたものではなくて、森を庭としたこじんまりとした家屋。
森の入り口までフィルが御者を務める馬車に乗ってきた。大丈夫、ちゃんと覚えてる。
「エルヴィーラ様はリッカの森に住んでいるってのは有名だけど、よくニカ・フラメルは迷わずここにたどり着いたね」
サリヤが何気なく呟いた言葉にすら、私は言葉を返せない。下手に言葉を返してしまったら、私の秘密がほどけてしまいそうだから。
だから私はサリヤの言葉を無視するしかない。ちらりとこちらに視線を投げられたけど、それも無視。やれやれと言った体でサリヤは大人しくなる。
森の入り口が、馬車を拒んだ。
「おっ、と」
フィルが馬の足を止めさせて、こちらに確認をとる。
「言われたとこから森に入ろうとすると、馬車じゃ通れないぞ」
「あら? そんなはずじゃ……あらま」
私の記憶通りであれば森の入り口は馬車一つ分通る道があったはずなんだけど……本当にないし。
何年も手入れをされていなかった木々が嬉々として繁ってる。これじゃ入れないわよねぇ。
「仕方ない、歩きましょ」
「魔法使って木を薙ぎ倒そうか?」
サリヤが物騒なこと言うけど、遠慮しておきます。
「魔法使ってうっかり家主の陣地防衛魔法に引っ掛かりたいならどうぞ」
「あ、はい」
えげつないわよー。幻術の魔法で歩いても歩いても進まないくらいならまだしも、森の木から矢が大量に生産されて物理的に被害被ると救いよう無いから。自動発動だからどんな魔法が働くか判定が分からないのよねぇ。
そういうわけで草木掻き分け、エルヴィーラお師匠の家へと向かう。一応、人が通った後があるから全く通れないということはないし。なんかフィルを介抱しに行った時を思い出すわね。
三人で黙々と森を歩く訳なのだけど、この、私たちより先に歩いてる人の跡って明らかにお師匠よね? 昨日はドレスだったはずなのだけど、よくもまぁ、裾を引っ掻けずに歩けたわね。吃驚だわ。
小路が開け、開けた場所に出る。そこに現れたのはこぢんまりとした玄関アーチと家庭菜園、それから小さな家だった。
アーチにかかってるカンテラをよく見ようと近寄って、ちょっと調べてみる。あらま、身長が足りなくて見えないわ。
一生懸命に背伸びしてカンテラの中を覗こうとすると、フィルが足りない身長の変わりに抱き上げてくれた。恥ずかしいけれど仕方ないか。
「あー、やっぱりなぁ」
カンテラの内側、心棒が普通の紐じゃない。ひもどころか金属でできてる。しかもご丁寧にくっきりはっきりと魔方陣を組み込んで。
これに魔法をかけないと、アーチを潜った瞬間に陣地防衛魔法が働く。面倒だけれど、毎回解除しないといけないのよねぇ。
「フィルー。このカンテラの心棒に明かりの魔法かけて」
「まだ昼だぞ」
「いいから」
下ろしてもらうと、フィルを急かして魔法をかけさせる。フィルが生んだ明かりが心棒に吸収された。
「な、吸収されたっ?」
「それでいいのよ。入りましょう」
さて、これでトラップは全部解除できたはず。もう残っているところはないわね。
アーチを潜り抜けて、庭の小道を通り抜けて、玄関へ。はぁ、やっと着いた。
コンコンとドアノックを叩こうとしたところで勝手に扉が開いた。
「───早かったですね」
ヴェールを目深に被った魔法使い、エルヴィーラが目の前に立っている。まだドアノックしてないのに開かれた扉に、サリヤがちょっと驚いている。
「どうして分かったんですか」
「簡単ですよ。カンテラに明かりを灯したでしょう」
「あ、あれドアベル代わりなんですね」
いや、まぁ、違うんだけど……うん、知らない方が良いこともあるよね。トラップ解除をしたことが伝わってるなんて言わない方がいいよね。
ふふと面白そうに笑ったお師匠が、さぁ中へと促した。
「道中ご苦労様でした。ニカ、お茶をお出ししてあげなさい」
突然の指名に、居心地が悪くなる。サリヤからの視線がビシバシ痛い。幸いなことは直接的な物言いをするカリヤがいないことかな……。
「……私ですか」
思わずフィルの後ろに隠れそうになったのを、お師匠に睨まれ……まぁ見えてはないんだろうけど、なんというか睨まれてる気配が強くて。渋々返事をする。
「あなた以外にいますか。お茶くらいは入れられるでしょう。それとも目の不自由な私にやらせるつもりですか?」
いや、待って、その不自由なお師匠は普通に一人暮らしできてたよね?
後の仕返しが怖いので言うのはやめておきます。うぇー、これじゃ私すごい怪しいじゃないの。サリヤから絶対質問攻めにされるし、フィルからも絶対不審に思われる……あ、いや待って。フィルからは最初から怪しまれていたのか。
お師匠はいったい私をどうしたいのよ、もう。




