湯煙に紛れて
さすがに王都でフィルに飛んでもらうわけにもいかないし、サリヤ達がいるのでその馬車を使うのも悪いからと、歩いて帰ろうかと話していたら、アレックスが馬車をだしてくれるという話になったからお言葉に甘えさせてもらった。
うん、やっぱり馬車は楽ね。
二人だけ、早々に帰ってきたのを出迎えたアーシアさんが不思議そうな顔をした。
「お早いお帰りですね」
「ニカの体調がよくなくって」
「まぁ。では早く中へ」
玄関をくぐって、すぐに私はフィルと引き離された。こんな堅苦しいドレスのままだと気疲れするだろうからと。
フィルがああ言ったからなんだろうけれど、私からしてみればそんなに体調が悪い訳じゃないから。大事をとって休めという無言の圧力にただ屈せざるを得なかったわけで。
着飾った部屋でドレスを脱がせようとアーシアさんが私に触れ、ひゃっと手を引っ込めた。それから慌てて他のメイドさんに毛布と風呂を沸かすように指示する。
「ニカちゃんすごく体が冷えきってるじゃないの!」
「あはは……」
これ以上体を冷やさないようにと、ドレスを手早く脱がせてくれているアーシアさんが、眉根を寄せて言う。
「ただのパーティーに行くだけでどうしてこんなに体が冷えてるの」
「ちょっと予想外なことが起きて……」
「それはこの間、部屋を氷漬けにしたのに関連すること?」
厳しい声で追求されたから、私に答えない選択肢なんてなかった。だって、これは心配の裏返し。それに今さら、隠せることでもないから。
だから私はこくんと頷いた。でも何も言わない。言えない。
アーシアさんは察してくれて、もう、と口を尖らせた。それからふわりと、ドレスを脱いだ私を抱き締めてくれる。直に触れるアーシアさんの温かさ。……お母さんみたい。
「アーシアさん、冷たいでしょ、離し……」
「あの馬鹿主従兄弟にも言うけれど、貴女にも言うわニカちゃん」
抱き締めたまま、アーシアさんは私の頭を撫でてくれる。まるで怪我をして帰ってきたユートに、泣かないで、強い子よ、とお母さんが言い聞かせいた時のように。
「──心配させないでね」
ぎゅっと胸を締め付けられる思いがする。アーシアさんは心の底から私を心配してくれている。
……フィルといい、アーシアさんといい、どうして私を心配してくれるの。私はほっといても一人でなんでもできるわ。心配する必要なんてないじゃない。
なーんて。
言えたらどんなに気が楽になるだろう。お父さんと離れてからこんなにも感情が不安定になるなんて思っても見なかった。自分でも不安定なのが分かってるから、心配しないでとは言えない。言っても、勝手に心配してくるわ。
「アーシアさん」
そっとアーシアさんから身を離す。
「明日になれば……そうしたらきっと、もっと私はしっかりできるようになれるわ。私は子供だけど、皆よりずっと大人だから」
アーシアさんがどういうことなのか聞き返そうと、口を開きかけたとき、湯の準備ができたとメイドさんが知らせに来た。
アーシアさんが仕方なく、話を打ち切った。
風呂を使うために移動して、私はドレスを脱いだ後、毛布を羽織っていただけだから、肌着を脱いで湯に浸からせてもらった。
「お湯の加減はどう?」
「十分ですー」
カーテンの向こうからアーシアさんが聞いてくる。
ぽかぽかと湯船に浸かってほっと一息ついた。一息ついて、さっきのことを思い出す。
「ノゼアン……」
どことなく懐かしい響きかもしれない。知らないかもしれない。深く思い出せないこの名前。この名前が私の魔力を引き出した。引き出す鍵となった。
魔力が使えるようになったら、できることが増える。ルギィのことだって、私は今以上にできることが増えるに違いない。
そう思ったら、今の自分がもどかしくて。
「ふぅ……」
湯煙に紛れて全てが見えなくなってしまえば、とても楽なんだろうけれど。
私が、一番に動くべきだから、弱気になんかなれない。全ての因果は私から始まってるんだもの。




