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F*ther  作者: 采火
本編

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諦念と忘却

エルヴィーラお師匠の細い指先が、そっと私の髪に触れる。さらさらと鋤きながら、確認するようにお師匠は呟いた。


「貴女の髪の色は小麦の色ですか」


私は答えなかったけれど、お師匠はそれを答えととったのか、そうですかとだけ言って手を離した。


「貴女はタレスの娘なのですね。運命の悪戯と言うにはあまりにも惨い……」


私は何も言えなくて、ぐっと唇を噛み締めた。だってそれは、私が何度も泣き叫びながら繰り返した言葉だから。生まれたときから、もうずっと。

でも、それでも私は、黙って生きることを選んだから。


「お師匠、私はお父さんにこの事を話すつもりはありません。グレイシアは死んでいますから。あの人は私のお父さん。それだけの関係です」


自分で言い聞かせてきたことを、もう一度確かめるようにお師匠に言う。

お師匠はそれを聞いて、よしよしと子供にするかのように頭を撫でてくる。柔らかい手つきで慈悲深く。母親のいなかったグレイシアに女として生きることを教えてくれたあの懐かしい手つきで。


「強く、なりましたね」

「十五年も耐えれば諦めもつきますよ」

「あら。私の知るグレイシアという人は決して諦めるということを覚えてくれない人だったと記憶してますが。挫折しても諦めないで他の道を模索していたでしょう」

「なんですかお師匠。私とお父さんの関係の落とし所をどうしたいんですか」


言っておくけど、禁断の~、みたいなのはしません。そんな道選ぶくらいなら今すぐにでも死んだ方がマシよ。お父さんに迷惑をかけたくないもの。

お師匠は手を止めて、真顔になる。


「何はともあれ、グレイシアの時のように誠実に直向きに諦めることをしなければ、解決策が見つからずとも、何か一つくらいは予定調和のための理由が見つかりますよ。私には関係ありませんが」


『私には関係ないから、貴女の頑張り次第で物事はどのようにも転びますよ』って素直に言えばいいのに。お師匠はいつも一言足りない。

お師匠はわざと言葉足らずにして、相手の反応を見るのがお好きだけど、その性格を知ってれば正しい意図は読み取れるから。まぁ、それが悪いときと悪くないときとあるのはご愛嬌……。

うん、お師匠。私は私なりに折り合いをつけて生きていくから大丈夫。タイムリミットは決めてあるから、それまでは。

お師匠が手を振りながらあっさりと身を翻して会場へと戻ろうとする。私もそろそろ戻ろうかしら。


「そういえば」


ふと、お師匠様が思い出したかのように足を止めた。もう一度私の方を見てくる。


「ノゼアンが今、何をやっているかわかりますか?貴女を引き取ってから今まで、なんの音沙汰もなくなってしまって」


……ノゼアン?

懐かしいような、知らないような、その名前に私は首をかしげた。はて、誰だろう。

お師匠が私に聞いてくる……というよりグレイシアが知っている素振りで言ってくるわけだから、たぶん知ってる人なんだろうけど……。

んー……覚えてない、かな。


「お師匠、すみません。ノゼアンって誰でしたっけ」

「え?」


あら珍しい。いつも腹の内で思考してるお師匠が素直に驚いた。言葉の意味の理解と共に間髪入れず返ってきた返事は珍しいほど間抜けな声で。

……私、何かまずいこと言った?

本当にわからなくて困った顔をすれば、お師匠が険しい顔で私を見てくる。


「嘘……は、吐いていませんよね。初めてです、自分の目を疑うという事態を目の当たりにしたのは」


きっと、ベールの後ろでお師匠の瞳が私をじっくりと見つめている。そう思うくらいに鋭い気配でお師匠は私を視ている。私に魔力は無いけれど、直感がそう訴えている。


「記憶操作……ですが、人格に影響を与えている訳ではない……ということはニカという人格とのグレイシアの人格の同一性の証明に……いやそもそも私が見逃すはずが」

「お、お師匠?」

「本当に、ノゼアンが分からないのですか」


厳しい声に不振に思いつつも頷く。そうすれば、お手上げだと言うようにお師匠は上を向く。


「私が見逃すわけがない……どういうこと……」


ぶつぶつと呟くお師匠様は私をじっと見たまま。


「ニカ……でしたね。貴女、一度うちへいらっしゃい。詳しく調べあげます」

「え」

「理屈が全く分かりませんが、貴女は魔力の影響を受けないで記憶操作が行われていると見ていいでしょう。私が解明して上げましょうと言っているのです」

「お、お師匠?」

「何ですか」

「さっきは記憶操作が見受けられないって言ってませんでしたか」

「言いましたが、それがなんです。グレイシアのあんなことやこんなことは覚えておいて、ノゼアンが分からないというのはいささか矛盾が過ぎるのですよ」


だからそのノゼアンって人、本当に誰ですか。それをまず教えてくださいよ。

そう言えば、お師匠は静かに口を開いてノゼアンの正体について述べる。その口調ははっきりと、断定するかのように。


「ノゼアンは貴女の父親。たった一人の肉親ですよ」


……ニカの、ではないわよね。私のお父さんはお父さん一人だけ。かつてグレイシアが愛した人だけ。

つまりノゼアンは……


グレイシア(わたし)のお父さん……?」


ぽっかりとした感覚が私の中に生まれた。


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