師弟関係はもう無いけれど
「先程の話を聞いた分には嘘もない。信じられないことですが、貴女は一度死んでいるということなんでしょう。記憶の操作なども見受けられませんし」
さすがお師匠様。順応早いです。
お師匠は盲目だからこそ、全てを受け入れて世界を見ないとすぐに致命的になる。全てを考察、推測、予測して行動するのは彼女の生きる術。
「中身はグレイシア。生き返ってから幾つになるのかは分かりませんが、その身長からすると十は超えているでしょう。精神年齢的には三十路くらいで立派な大人です。なんでわざわざ手を貸さなければならないのですか。自立なさい、自立」
うぐっ。
み、三十路……。確かにそうだけど、そう直球に言われるとへこむ……女性に年の話は禁物だと教えてくれたのはお師匠なのに、なんでこう私にはズバズバ言ってくるかなぁ。
「せ、精神年齢はともかく、お師匠。私は生き返った訳じゃないんです。もう、グレイシアという名前の存在ではないんです」
「あら」
お師匠が興味深そうに反応する。
「私は、グレイシアとは全く別の人間として生まれたんです」
「あらあら……生まれ直す……生まれ変わり、転生。神話の時代の奇跡の秘術に、同じような話がありましたね」
神話……あー、あった気がする。とても細かい内容だから注視していなかったけど、言われてみれば。一度研究の一環で、お師匠の論文を読んだときに触れられていたから、神話を読み直した記憶があるわ。その時に。
「まぁ、たとえ神話時代の秘術であろうが何だろうが、今の私には関係ありませんから」
「冷たいじゃないですかぁ」
「昔言いましたよ。己の身に起こるものは全てにおいて己に起因し因果となる。これもまた己の試練と受け止めなさいと。己の因果に他者を巻き込むのならば相応の覚悟をなさいとも。この案件は、盲目の私には荷が重すぎます」
ピシャリと言われれば、自分の背筋が延びた気がした。お師匠の言葉は、いつでも私の気持ちを切り替えてくれる。
この問題は全て自分の問題。そう思ってこの十五年間、生きてきた。それを今さらお師匠に委ねてしまおうなんて甘すぎるわ。
……相談、なんてするつもりもなかったのよ。本当はお師匠ですらはぐらかすか、避けて通ろうとしていたの。でもやっぱり、会ってしまえばそんな考えなんて吹き飛んでしまうものね。なおさらニカもグレイシアも両方を受け止めてくれるに違いないと予感がしてしまったら。
あれだけ逃げたいと必死になっていたのに、他のことで頭から離れてしまうくらいの軽い気持ちだったのよ。ほんともう、最近はこの思考がグレイシアとしてなのかニカとしてなのか、どちらにしろ中途半端すぎるわ。
「荷が重いですが、たまにならお茶をするついでにお話を聞いてもよろしいですよ」
お師匠?
「王都に美味しいケーキ屋ができたというので一度行ってみたいものです」
「お師匠……」
「相談費として奢ってくださいね」
「タカる気ですか」
知ってた!!このお師匠がただで付き合ってくれるなんて思っていなかったよ、うん!!
「まぁ、冗談はさておいて」
「これ二度目のやり取りですよね」
「ほほほ……グレイシアなら私の性格くらい知っているでしょう」
お師匠が何考えてるか分からない言動は確かに慣れっこだけどさー。
「精進なさい。グレイシア……ではないんでしたね。貴女の名前を教えてくれますか」
母のように優しく言うお師匠。お師匠はグレイシアの母親代わりもしてくれたから。ほんの数年の思い出の中にほんのりとあるお師匠の温かみを思い出す。まぁ、それ以上にひどい師弟関係ではあったんだけれども。
ふっと頭に浮かんだ思い出に名残を感じながら、私の口は、もう既に馴染んだ言葉を吐き出した。
「ニカです。ニカ・フラメル」
「フラメル……?」
聞き覚えがあるようにお師匠は首を傾げた後、ハッと気が付いた表情になった。




