盲目のお師匠様
肩で切り揃えた髪に目元を隠すようなベールを琥珀色の滑らかな宝石と共に頭にのせて、レモン色に光を当てれば金に輝く魔法使いのマントを纏う盲目の魔法使い。アカデミー時代のグレイシアの師エルヴィーラ・ケーンス。
生まれてすぐに失明し、視角以外の五感が発達。偶然精霊との契約を果たした彼女は、魔力を視るという能力を契約精霊から受け取った。そんな彼女だからこそ、人の差異に敏感で、その魔力の色の違いを事細かに見分けてる。そうして他人の区別をしている。
今、お師匠が首をかしげたのも無理ないわ。だってきっと予想していた声とは違うものが聞こえてきたんだから。
「声、変わりましたね」
「いや、あの、その。声どころか全体的に色々変わってはいるんですけど」
堪えていたものが色々と台無しにされたかのように奥へ引っ込む。聞くところ、まずそこ?
「あとは少し身長が縮みましたか? 以前の記憶よりも魔力の位置が小さく見えます」
「あ、いやま、そうですけども」
身長に関してはグレイシアの方が高かったけど、まだ私成長途中だから!
「まぁ、冗談は置いておいて」
「そうしておいてください」
「久し振りに昔話の花を咲かせましょうか。そうね、例えば、初めて私の家にグレイシアがやって来たときのこと……張り切った貴女が盛大に」
「うわあああああ! その話は止めてくださいっ」
思わずむぎゅっとお師匠の口を抑えにかかるけど、悲しいかな……手が届かない。
盲目のお師匠は自分の身長よりも少し高い、大きな杖を持ってる。その杖で私を牽制してくるから、その間合いに入って攻撃することも叶わず。
「ほほほ、まだまだですね」
「今のくらいならともかく、私には魔力がないんですからタチの悪いからかい方だけはしないでくださいよ」
「あら、そうなの? それなら……えい♪」
「にゃっ!?」
キラッと杖の先端の宝珠が輝いて、一筋の閃光が顔の横スレッスレを通過。
…………。
…………………………。
「……あっっぶないじゃないですか!! 今当てる気でした!?」
「あら。本当に使わないのですね」
「言ったじゃないですか!魔力無いって!」
「それは違います」
ピッと目の前に杖を突きつけられる。
ち、違うって何が……。
「貴女は魔力がないと言いましたが、違います。この世のあらゆるものには存在という魔力が宿ります。それが私の魔力概念理論の根本にあるということは知っていますね」
「は、はい……」
お師匠が目の代わりに使っている契約精霊の能力はあらゆるものの魔力を視るというもの。魔力で物質、存在を見分けていると言っても過言ではないくらいの能力。魔力で世界を認識しているお師匠はこの世の全てに魔力が宿っているって理論付けた。それほどまでに、お師匠が認識しているモノの範囲は広い。本来知覚できないモノですら知覚するから。
魔力を使わない、もしくは使えないものですら通っている魔力にお師匠は名前をつけた。それが存在の魔力。
「極小微量な存在の魔力のモノはただそこにあるだけで世界を構成します。だから魔力を使えない。使える領域ではないのです。だけど貴女は違います。貴女のその魔力は存在の魔力量を圧倒的に超えて、溢れる寸前。密となっていますが、これはたぶん以前と同等にありますね。貴女は使わない側のモノですよ」
……なんだかその言葉に聞き覚えがあるんだけれど、気のせいじゃないよね?
「使えていない、というのはどういうことですか」
「たぶん、別の魔力が加わっていることに関係があるんでしょうけど……」
別の魔力?
「あなたの魔力を内側から引っ張って固定しているのです。ちらちらと貴女の色の合間に別の色が見えてるのはそういう理由かと。心当たりはありますか 」
「あったらとっくにどうにかしてますって」
「貴女の魔力は普通の魔法使いでは感知できない程度にまで抑えられています。私のように直接視る能力か、精霊のように純粋な魔力個体くらいしか知覚できないでしょう」
そんなに圧縮されているの、私の魔力……それって封印解いたらとんでもないことになるんじゃ……?
あれ? でもお師匠の理屈だとルギィは知覚していた? 私に魔力があることを知っていた?
ますますルギィのことが分からなくなる。
「まぁ、頑張ることですね」
にこりと微笑むお師匠。え、これって何かアドバイス的なものをくれる流れじゃないの?違うの?
「はぁ? 何で私が死んだ後まで貴女の面倒を見なくては行けないのですか」
「あ、死んでることは理解してるのね」
「当たり前です。国からも貴女の研究に関して何か知ることはないかと何度探られたことか。噂は隣国にまで響きますし、そもそも貴女の騎士が手紙を寄越してますし。出来すぎの感じはしましたが、今きちんと確認をとりました」
確認なんてとられた覚えがないのだけれどいつのまに……。
「見ればグレイシア本人だと分かりますし、声と魔力の揺らぎとで本当と嘘の見分けはつきます。貴女はグレイシアではありますが、その声、縮んだ身長を考えれば別人と判断した方が早いでしょう?」
そういえばそうでした。グレイシアの時に隠し事ができなくて何度も地団駄踏んだ覚えがあるわ。




