夜闇に紛れた変わらない関係
火照った頬に風が気持ちいい。熱を持っていた体がまるで夢だったかのように、涼やかな風と共に熱が引いていく。ふぅ、落ち着いた。
全く、フィルったら。なんなのよ俺のお姫様とか。キザったらしいのにも程があるわよ。やっぱりただのロリコンなのよロリコン。
でも、現実的にお姫様とか言われる機会はないし、ドレスだって私が纏うのは初めてだから、ついときめいちゃったのよ。そう、ついなのよ、つい。
「それにしても王宮は変わらないのねぇ」
自分の思いに蓋をして、夜響館からの景色を見渡す。城壁も城の塔も何も変わってなかったけれど、ここからの景色さえ変わってない。
トンっとグレイシアが初めてお父さんとダンスをしたときのステップを踏む。あの時よりもなめらかに足が動く。ステップも忘れてやしない。でもこれは、ニカの知らないことだから。
数歩動かした足を止める。ニカが知っているはずのないことはしない方がいいわよね。いつでも、どこでも。
「あら、踊らないのですか?」
不意に聞こえた声に、心臓が跳ね上がった。どっくんどっくん、心臓の音が聞こえてくる。
「とても懐かしい色を見つけたので追ってきたのですよ。やっぱり貴女の色は洗練されていて分かりやすい」
振り向きたいけれど、振り向けない。振り向いたら、現実を認めざるを得なくなる。
───あぁ、もう、どうしてこう、私は詰めが甘いのかしら。グレイシアだったら、もっと上手にできたはずなのに。
「ちょっと、話を聞いていますか? せっかくの再会を喜ばない弟子がどこにいます」
やっぱり、あなたはまだ知らないのね。それとも人伝の話を信じなかったのか。でも、あの人は本質を見てしまえるから。あの人が断定してしまえば、もう逃れられない。
あーあ、全力で逃げるべきだったのよ。ニカ・フラメルが平穏無事で過ごすためには一番避けて通らなければならなかった関門。それなのに私は、なんとかなるなんて希望を描いて。もしかしたらそこには、昔話をできる人を求めている気持ちも少しはあって。
「いい加減になさい、馬鹿弟子。こちとら何年も前に貴女が死んだという一報を受けてから、葬式にすら出られなかったことを悔やむほどだったというのに……誤報で安心しました」
どんどん背中に近づいてくる声。
あぁもう、どうすればいいのか分からなくて足が震える。
「全く、手紙の一つくらい寄越しなさい。我関せずというように師の存在を忘れるとはひどいじゃないですか。まぁ、昔のように顔を会わせるだけで逃げなくなったところは成長しましたね」
そんな幼い子の成長を慈しむような声で言われれば、さすがの私もこれ以上このままではいられない。
「あら、涙の匂い。泣いているのですか、グレイシア」
のろのろと振り向いて、声の主の顔を見る。私が、グレイシアが最後に別れたときと殆ど変わりのない女性がそこにはいた。
「エルヴィーラお師匠……」
グレイシアの先生は、あら? と不思議そうに首をかしげた。




