ことなかれ主義者って
完全にアレックスが人混みに紛れた頃、フィルが皿を置いた。あら、食べるの止めるの?
「ちょっと風に当たってくる」
何でもないように告げるけど、ちょっと引っ掛かった。表情が心なしか暗い気がするの。なんだろ、気になる。
ドレスアップした参加者の合間を器用にすり抜けていくフィルを見て、やっぱり心配になったから、その後ろを追いかけた。
私の身長じゃすぐに見失ってしまうかもしれないと思ったけど、そうでもなかった。フィルの容姿は、数々のご婦人の視線の的になってる。なんていうか、その、目立つよねフィル。
「まってフィル」
「? ニカ、着いてきたのか」
「私も風に当たりたいわ」
「なら一緒にテラスに行くか」
ほいっと手を出されたからちょっとだけドキッとするけど、はぐれないようにってことよね。最近、フィルの何気ない仕草に目を引かれてる気がする。その度にお父さんと比べてるんだけども。
あ、そうか。私、お父さん以外の男性とこんなに長い時間一緒にいたことがないから。もう一ヶ月半くらいかしら。よくもまぁ、見知らぬ男と住む決心がついたわよね、私も、お父さんも。
「置いてくぞー」
慌てて手を差し出せば、フィルはぎゅっと私の手を握る。私の小さい手はすっぽりとフィルの手に収まってしまいそう。そこはお父さんに似ているわね。
ぬくぬくとフィルの手の温もりを感じていると、テラスに出た。対照的に冷たい風がスカートと髪を揺らす。春でも、夜は冷えるのね。
満点の星空の下で、フィルは大きく深呼吸をして、肩の力を抜いた。その時に私の手も離される。
「ふー。あれってアレンの父親だよな。こえー……」
「気疲れでもした?」
「気疲れというか、ニカには俺の特異性の原因話したよな?」
ああ……不死のこと?なんか魔法協会の一部の人たちが禁書級の魔法に手を出したとかどうとか。
「たぶん、あの団長はその事件の関係者だな」
「なんで断定できるの? アレックス……さんが言ったこと」
「俺があの後王都に残ってた期間てほんと短いんだよ。知ってることも少ないということで事情聴取もう程々だった。それから念のため魔法使いの検査を受けて、呪いの影響もほとんどないってことを確認してもらってすぐに王都を飛び出したんだ。つまり、俺の容姿をきちんと覚えているやつなんて限られてる。この眼もパッと見だけなら紫だって思われずに黒って思われるし」
フィルが自分の目を指差して言う。ジッと覗きこんでみれば、夜だからか、確かに黒に見える。でも私は知ってるの。フィルの瞳は気位の高い上品なアメジストだって。私はフィルの目、好きだな。
「王都の魔法使いと騎士にだけ気を付ければ良いって思っていたけど……まさか地方の騎士団も関わってるとは」
はぁ……と深く息を吐く。フィルも大変ね。
「逃げ出したい?」
「んー……どうだろ。でもあの団長殿は見逃してくれそうな様子だったからな。もし何かあったら全力で逃げるし」
「空を飛べるフィルを追いかけれる人なんていないしね」
「まぁな」
二人で笑い会えば、私もようやく肩の荷が降りる。アレックスと会うのに心構えを作ってた。エルヴィーラ対策で頭からとんと抜けてはいたけど、会った瞬間懐かしさが高まった。
会ってみて、分かる。アレックスもお父さんも過去に引きずられてなんかいない。未練がましくしがみついているのは私だけ。思い出として大切に残してあるだけなんだ。全てを過去から引っ張ってきてしまう自分の弱さが恨めしい。
「俺はさ、別に自分が気ままに生きられれば良いんだよ。だから俺のことを騙した奴らのことは気にしてない。騙される前は結構良い暮らしさせてもらってたからさ」
「そうなの?」
「孤児だった俺に読み書き算数魔法学、全て教えてくれた上に衣食住の保証。これ以上望まないだろ」
確かにねぇ……。でもそれって禁忌を犯す程度の魔法を使わせるための下準備だわ。それでもフィルは気にしないと言えるの?
「協会のやつらは全員が悪い訳じゃない。悪いやつらは捕まった。シンプルに終わったのに、今頃になってつついてきたあの団長にちょっと苛立った。でもそれもまぁ、小さいことなんだよなぁ……誰も不利益被ってないし」
「いいえ、それは違うわ」
誰も、何かじゃない。少なくともフィルは昔のことを蒸し返されて不愉快になったじゃない。それを別にしてはいけないわ。疲れたように笑うのは、やめて。
「フィルが嫌なら怒っても良いのよ」
「ニカ」
「フィルはことなかれ主義すぎるのよ。もうちょっと人生にやる気持ちなさいよ」
一瞬きょとんと瞬きした後、フィルは肩を震わした。なに、私そんな変なこと言った?
「いや、その……なんつーか、まだほんの少ししか一緒に暮らしてねーのに、もう何年も一緒にいるよーな感じで言ってくるからさ。───ありがとな、ニカ」
「むぅ……それ誉めてると受け取って良いの?」
「さーて、どっちかな。さ、俺のお姫様。中へ戻ろうか」
「もー、そうやってフィルは……ん?」
んん? 今フィルさんちょっとこっぱずかしいこと言いませんでした??
差し出された手を見ながら、もう一度反芻してみれば、顔が火照って。
「いいです、私はもう少しいますっ」
「? ほいほい」
ひらひらと手を振ってきらびやかな喧騒の中へ戻っていく。あぁ、もう、私変じゃないかしら。




