父としての顔
アレックスはスッと視線を移動させて、フィルを見た。
「お前がタレスの言っていた魔法使いか」
「知ってるのか」
「かわいい娘が王都に行くからどーのこーのの旨を手紙で受け取った」
あらー、お父さんったら。なんて過保護なの、嬉しいわ。
「ニカ、嬉しそうだな……」
「お父さんが心配してくれるだけで私の心は晴れ模様よ」
ふふん。鼻で笑ってやれば、フィルは苦笑する。
ふむ……と、アレックスはフィルを観察するように見た。その視線に、フィルはちょっとたじろぐ。
「な、なんだ」
「いや……。昔関わった事件の被害者が金髪紫眼という、お前と同じ珍しい容姿だったなと思ってな」
ん。
意味ありげなその言葉に私は気づく。アレックス、試してる。
ちらりとフィルを見上げてみるけれど、その言葉にフィルは眉一つ動かさない。
「気がついたら下のやつらが勝手に解放していて、詳しく事情聴取ができないままだったんだが……まぁ、解決した事件だ。今ごろ解放された被害者を思っても無駄か」
「思い出すってことは、余程その事件に思い入れがあるってことか?」
「そうだな……騎士団としても追っていたが、俺自身も個人的に追っていたからな」
アレックスは目を細め、手を差し出す。
「改めて歓迎する。リコリス騎士団長アレックス・リコリスだ」
「フィルレイン。タレス殿にニカの世話を頼まれた」
グッと手を握り交わし、挨拶を終える。それからアレックスはサリヤを見た。
「久しぶりだな、火鳥の魔法使い。今日はゆっくりしていくといい」
「ありがとうございますー。そうさせてもらうよ」
にこりとサリヤが笑うと、アレックスも苦笑した。というか、サリヤはアレックスと知り合いだったのね。
アレックスがぽんぽんと私の頭を撫でる。突然のことでびっくりするじゃない。え、何っ?
「末子の色恋沙汰の事情は聞いている。リコリスの慣習としてあれには結婚の話をよくするが、子供はまだ何も考えなくても良い。騎士を目指すなら話は別だが、アレンはお前の影響を受けて学者になりたいと言っていたしな」
しゃがんで、真摯に私の目を見つめる。髪に白髪が混じり初めて、私の記憶よりもずいぶん老けているように見えるわ。お父さんと少ししか違わないんだから当たり前か。
赤ちゃんだった頃、一度だけアレックスと会ったことがある。その時はまだ、私も言葉が話せなかったから会っても何もできなかった。何もできないからこそ、何も伝えられなかった。意思疏通が図れないのなら、それは本当の意味で出会ったことにはならない。
だから、ずいぶんとおしゃべりになった私は、もしかしたらアレックスに自分の正体がバレてしまうことを恐れている。───でも。
「アレンが学者になりたいって?」
「ああ。ニカに負けないくらい偉くなってやると言っていた」
アレンから私の話は伝わってしまう。アレックスはもう既にニカ・フラメルを知っていたのね。
「騎士になるようにと育てては来たが、上の兄たちと比べて、アレンは意思が強い。だが、家に縛られて騎士なることを躊躇っていた。末子は自分の道を決めたようだ。タレスの娘、ありがとう」
「……アレンが騎士にならないことは怒らないの?」
「どうして怒る必要がある。リコリスは騎士の家系と言えど、必ずしもそうなるとは限らない。渋々と嫁探しをしていたアレンには悪いが、道を決めたのならもう慣習に縛られなくて良い」
ん?あれ、でもアレンって祈年の祭り舞いの時に許嫁がいないとどーのこーのって。それで仮にでも良いからって。あれって必要なかったの??
「だがま、アレンも満更ではなかったようだし……結果は残念だったが」
んー? だがらどういうことなのよ。
よく分からずにきょとんとしていれば、アレックスが笑った。
「タレスの娘は大人びていて賢いと聞いていたが、まだまだ子供だな」
ちょっ、どういうことなのよ!
不満を主張しようと眉を潜めれば、またぽんぽんと頭を撫でられる。
「若人だからと怠けていてはいつか足を掬われる。今のうちにやりたいことを決めて置くことだ」
なんだかよく分からないけど、一方的に話は終わってしまった。だからこの話の終着点はアレンがなんだったのよ。
アレックスがそれでは他の参加者にも挨拶をしてくると私たちの輪から外れていった後、私はフィル相手にぼやく。
「解せぬ」
「あー、まー、アレンには余計なお世話をしちまったな……」
「はぁ?」
「二カ、マジで分からねーの?」
意外そうに言われるけど、分からないから聞いてるんじゃない。いったいどういうことだったのよ。
「いや、ま……これは本人に直接聞け」
「意味わかんない」
分かってるなら教えてくれたって良いじゃないの。フィルの意地悪。




