攻防戦の裏側で
「ノーマルエンドのそのあとで」の従兄と副会長。
主人公がじたばたしてるときに、こんなことに。
「どうしよー!」
セルフレームの眼鏡を外し、机に突っ伏した友人の頭を撫でてやる。
小柄な友人は表情はクールなくせに動きが小動物じみていて面白いのだが、今日は珍しく表情までうろたえている。
というか真っ赤だ。
「今更うろたえるぐらいなら素直にハイって言えばよかったんじゃないの?」
「だって!」
がばっと顔を上げて涙目でこちらを見上げる姿は可愛いけど。
「紗代、ここが何処か分かってる? あと十分もすればみんな集まってくるわよ」
ここは、私たちが通っている学園の生徒会室。今日は生徒会の会合日で、集合時間まではまだ三十分ほどあるが、大体のメンバーは早めにきてだらだらとお茶を飲みながら雑談するのがいつものことだ。
生徒会室にいる時点でお分かりだろうが、私たちも生徒会メンバーである。
突っ伏す友人は、当代生徒会長の佐和紗代。
ちなみに私は渡辺幸、生徒会副会長やってます。
そこそこ歴史があるこの学園でも、生徒会長と副会長揃って女子生徒なのは史上初らしい。
「でもでもまさか邦成さんがあんなこと言い出すとか思わなかったんだもん!」
「あーまぁそうよね。一応隠しとはいえ攻略キャラだもんねぇ」
この世界は『ラピスクオーツドラゴンと魔女の杖』略して『ドラ魔女』という乙女ゲームの世界だ。いや、世界だった、というべきだろうか。
ゲーム期間は去年一年。
なんともファンタジーな題名そっちのけで、現代日本が舞台で、人外―――獣人とか妖怪とか吸血鬼とか―――も出てこなかった。
ゆるい学園謎解きものをベースにしてあるだけで、サスペンスチックな展開も死亡フラグもない。
ライトゲーマーからは『タイトル詐欺』の名を頂いたこのゲーム、開放条件が厳しい隠しルートが一つあって、そのルートをプレイすればやっと、タイトルの謎が解けたのだ。が、攻略本なしで隠しルート開いた人の存在が疑われるレベルで面倒くさい開放条件だった。
ここは、そんなクソゲーといってもいいだろうこのゲーム、の世界。
ストーリーとしては、新入生として入学してきたヒロインが、調査研究会という部活の先輩に、学校の七不思議を調べるよう指示されたことから始まる。
七不思議の一つ一つが攻略対象と紐付いていて、紐付く謎を解くと、好感度がどかんと上がる。
もちろん他の不思議でも選択肢によっては上がる。
ヒロインは七不思議の真相を調べつつ、調査研究会会長や図書委員長、生徒会長、運動部長、クラスメイトの男の子や部活の顧問教師、といった攻略対象と仲良くなり、やがては恋に―――というものだ。
期間は一年。三つ以上謎が解けずにバッドエンド、三つ以上謎は解いたけど好感度が一定以上の攻略対象がいない場合はノーマルエンド。紐付く謎を解いていて、好感度が一定以上あれば、友情エンドか恋愛エンド。
個別ルートシナリオ的なものはなく、物語の流れにそって、相手を選ぶか好感度の高さによって、イベントの相手が決まるので、攻略対象者の好感度によっては嫉妬や逆ハーイベントっぽいのもある。
そして隠しルートが開放されることによって攻略できるようになるキャラ、それが、紗代が呻いている相手。理事長でる、総院邦成だ。
仕事が出来るオーラを纏う男くさいイケメン。総院家は学校経営だけでなく様々な分野の事業も立ち上げている名門だ。理事長はその本家の長男、つまり跡継ぎでもある。亡くなった紗代の母が、総院の本家の当主の従妹にあたるらしい。
両親亡き後、紗代は、父方の親族に引き取られた。それが、図書委員長である攻略対象の家だ。
攻略対象である生徒会長は、紗代の前代の生徒会長、運動部長は現運動部長でクラスメイト、調査研究会の顧問は生徒会顧問でもある。ついでに調査研究会会長と紗代は市の主催するサークルに所属している仲間だということで、クラスメイトの男の子以外は全員と関わりがある、このゲーム内で唯一のライバルキャラ、それが紗代なのである。
そして紗代は私と同じ、転生者でもある。つまりこの世界がゲームの世界だと知っている。
紗代の仕掛けた罠にまんまと引っかかったのは一昨年、一年生の秋のことだ。
体育祭のプログラムの一番は、全校生徒による体操である。そうね、準備運動は大事だもんね。
そのとき、紗代がこっそり入れ替えた体操のテープが、ラジオ体操だった。
この世界には存在しないものだったので、他のみんなが出来るわけもない。
なのにぼんやりしていた私は、前世の記憶のまま、体を動かしてしまったのである。なんてっこったい。
「まさかのラジオ体操で釣れたでござる」
「なにそれひどい」
という一幕を以って、私と紗代は友人になった。
お互いの記憶のすり合わせをして意外な事実が発覚した。
同じ大学に通っていた私と紗代には共通の友人がいて、趣味―――主に読書やゲームの―――が合いそうな子がいると紹介してくれることになっていた。
丁度、そのための待ち合わせの場所で、お互いに遅刻した友人を待っていたところ、通り魔に襲われて二人とも死んだのである。
ちなみに遅刻していた友人はその場にはまだ着いてさえいなかったので怪我すらしていない。
友人にしてみれば、友達二人を一度に失った上にその原因が自分の遅刻―――遅れた友人を待っていたため巻き込まれたので、友人が時間通りに着ていれば私たちはその場にいなかった―――なのだから完全にトラウマものだと思うけど。
そんなわけで、十六年越しに私と紗代は知り合うことになり、意気投合。
―――最初に盛り上がったのが共通の友人のどうしようもない遅刻癖についてだったのは無理もないことだと思う。
紗代は最初からライバルになる気はサラサラないので本当は生徒会長もしたくなかったらしいが、私と紗代の前世の大学が某最高学府な上、学費が総院家持ちということもあって下手に手が抜けなかった紗代と、その紗代にひとり隠れるとかずるいといわれた私とで毎回試験の最高得点を叩きだし続けていたら生徒会長と副会長になっていた。
まぁ、紗代の近くにいればイベントだって見れるよね、なんて目論んでいたのも事実だが。
しかし私たちの目論見は完全に外れた。
ヒロインが、あまりにモブ過ぎた。
あれむしろワザとじゃないのと突っ込みたくなること請け合いなレベルで、最低限のイベントだけこなして、誰も攻略せずに転校していった。
そこまでいくとむしろ感心する。
ゲーム期間も過ぎ、あとは一年のんびりやったら大学に行ってー、なんて考えてたとこで、紗代に振って湧いた縁談。
うん、縁談以外の何物でもないよね。
今日、理事長に呼ばれて理事長室に行って帰ってきた紗代は既に涙目で真っ赤だった。
「魔女にするって言われたー……しかも叔母さんたちにも総院の親戚も全部手回し済んでるって言われたー!」
ゲームの知識、しかも隠しルート攻略後の知識がないと意味すら通じないだろうが『魔女』とは総院本家の嫁を指す。色々こまかい設定はさておき、つまりは理事長の嫁にする宣言である。
「で、なんて答えたの?」
「誕生日までにちゃんと欲しいものくれたら考える、って」
「は? 馬鹿?」
思わずそう言ってしまったのも無理はないだろう。
紗代は隠しているつもりだったんだろうが、彼女が理事長のことを好きなのなんてみてればわかる。
まぁ、攻略対象だったし、年齢差もあるし、立場的なこともあるしで諦めようとしてみたり、恋心に蓋をして見ないようにしてたのも。
「だって、すっごい淡々と言われたんだよ! 悔しいじゃん」
「あーそうね、それは分からんでもないがしかしだな!」
用意周到に外堀内堀埋めた上で一気に攻略にかかったらしい男が、そうした理由にこの友人は思い至らないらしい。
「俺様系監禁溺愛男子……」
「みゆき!?」
「あーこっちの話。いい加減その顔なんとかしなさい。本気でそろそろみんな来ちゃうわよ」
ほれほれ、と入れなおしたコーヒーを置いてやると、ぐぬぬ、と本気で悔しそうに一気飲みした。
しょうがない。後でゆっくり聞いてやろう。言い訳を。
「ということのようですよ」
紗代の話を端折ることも盛ることもなく全部横流す。
友人としてどうなんだその行為、と言われるかもしれないが、最終的に紗代が幸せになるのならそれでいいと思うことにしている。
どうせこの男から理事長に全部流れるのだ。
「そう、挙動不審だったから何があったのかと思った。まぁ邦成さんも悠長なこと言ってらんなくなったのかもね」
2LDKのマンションの部屋で、ベッドを背に床に座るのは、紗代の従兄の元攻略対象、元図書委員長の善家史彦は相変わらず眼鏡男子だ。大学生になったんだからコンタクトデビューすればいいのに。
「で、ゆき?」
レンズの向こう側からこちらを見る目がなんかこわい。え、私なにかしたっけ。
「どうしてそっちに座るの。そこじゃないだろ」
腕を引っ張られて転がり込んだ先は、ひざの上。すっぽり腕の中に抱えられる。
「いやあの、離して」
「久しぶりに彼女が来てくれたと思ったら、寂しがるでもなく、甘えてくるでもなく、従妹のコイバナをいそいそ話すだけ。ねえ、ちょっと冷たいと思わないの?」
顔近っ。ちょっと離れて!ムリムリムリ!
「ゆーき?」
「久しぶりって、三日しか経ってないし! それに近すぎると心臓ばくばくするから駄目っ!」
「そう言って、キスもさせてくれないんだから」
「す、するじゃないですか。おかまいなしに!」
いつもこの部屋に来るとこうなって、涙目になる羽目になる。分かってるんだから来なきゃいいのにとは自分でも思う。
でも、付き合い始めて一ヶ月の彼氏なのだ、会いたくないわけなかろう。
「うん、だってゆき、嫌がってないよね」
そういうことをさらっと言うとかやっぱこの人の猫、でかい。
高校時代は真面目な優等生で通してたインテリ眼鏡のくせに! 私が初カノのはずなのに!
「まぁ、俺ももう手は打ってあるから焦らないことにするけど」
「史彦せんぱい?」
ふふ、と笑うその笑顔が怖いんですが。
「ちゃんと俺のことだけ見てるようにね、ゆき?」
好きだよ、と落ちてきたキスに目を閉じる。
ああもう、結局こうやって流されるんだ。
先輩が打ったという手が分かったのは、その2ヶ月後。
進路希望を書くにあたって両親と話したら、第三希望の地方の大学は地元にしろといわれたので、なんで? と聞いたら。
「だって史彦くん可哀想じゃない。アンタと暮らすのずっと楽しみに待ってるのに。あんないい彼氏放っといたら盗られるわよ?」
ってなんで彼氏がいることばれてますかママン?
「おまえも今のうちにママに料理や家事をちゃんと教わっておくんだぞ」
嫁入り前の娘を同棲させるのに抵抗とかないんですか、っていうか反対しようよパパン!
「きちんと挨拶にきて、いい子じゃないか。くれぐれも捨てられるんじゃないぞ」
……いつ? いつの間に、うちに挨拶になんか来たの。私連れてきた覚えないんだけど。
「結婚はお互い大学を出て生活の基盤が整ってからにしたほうがいいと思うんだけど、ゆきが大学入ったら一緒に暮らしたいからね。お付き合いの報告もかねて、先に挨拶はしておいたよ」
彼が住む、学生には広い2LDKが、私の大学入学と同時に同棲を始めるためだったとか。
知らない間に、うちの両親はすっかり彼のことがお気に入りだとか。
彼の御両親も、もともと紗代の友人として面識はあったんだけど。それがいつの間にか、将来の嫁になってるとか。
ねえ、紗代、アンタの従兄のドコが腹黒くないって……?
紗代はお兄ちゃんフィルターかかってるので爽やか系だと思ってます。
そしてこの二人からの情報があるので、邦成は焦らず卒業式を待ちました。
ちなみに「幸」はみゆき。彼氏特権で、「ゆき」呼びです。




