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ツンデレラ 灰色の御伽草子  作者: 習志野ボンベ
5/19

急展開

数日後――。


「……元ネタと結果が全然違うじゃない」

 ツンデレラは自室の長椅子に坐り、小さくため息をついていた。


「辛気臭いわね。さっきから何回ため息ついているの? 現実ってそんなものよ。おとぎ話のようにうまく行くワケないわ。王宮に行けただけでイイ思い出になったと思いなさい」

 あれからツンデレラの部屋に入り浸りの魔女は、ベッドの上で転がりながら、慰めを口にする。


「そうは言うけどさ……ふぅ」

 ツンデレラはもう一度ため息をつくと遠い目をした。


「あれ……? その眼はだれかのことを考えている眼かな?」

 魔女は物思いに沈むツンデレラをからかった。


「ち、違うわよ! あの男のことなんか考えていないわ! それより他人のベッドの上でカステラ食べないでよ! 三時のおやつがボロボロこぼれているじゃない!」


 ツンデレラは照れ隠しに過剰に怒ってみせる。

 だが、年増の――もとい経験豊富な魔女は微笑んで言った。


「ふふっ、ベッドでダラダラしながら食べるカステラっておいしいモノよ。ところで……あの男ってだれのコトかしら?」


「あ、人のアゲ足取ってるんじゃないわよ! あんたには別に関係ないことじゃない!」

 己の失言に慌てたツンデレラは、ぷいと余所を向いた。


「あら、寂しいこと言うわね? 私たち、あんなコトやこんなコトまでした仲じゃない」


「あ、あれは、あんたがムリヤリ……」

 振り返って反論しようとしたツンデレラの唇を、いつの間にか近寄った魔女の指が塞いだ。


「ムリヤリ? ソレって……こういうことかしら?」

「ん……うう、むう……んっ!」


 ツンデレラを長椅子に押し倒すと、魔女は巧妙に抑え込む。

 脇腹に首筋、太ももにふくらはぎ――決定的ではないものの、ツンデレラにとって敏感な場所を魔女は責めた。


「ほら……ココはどう? そう……ココもなのね?」

「……ん。ちょ……またなの!? ――やめなさいよ! あ……んっ」

 加えられる刺激に、ツンデレラは不本意ながらも反応してしまう。


「ねえ……その男のことについて聞かせなさいよ。あなたが早く話してくれないなら……こうしちゃうわよ」

「うっ……んっ、あっ――ううっ!」


 意地でも嬌声を上げぬようツンデレラは必死で口を押さえた。

 だが魔女の手は着実に弱点ばかりを攻撃する。ツンデレラが与えられた刺激に屈服しかけていたところに――。


 トントン……


 突如ノックの音が響いた。同時に魔女の姿も忽然と消える。

 魔女の暴挙に閉じていた目を開くとツンデレラは慌てて立ち上がり、扉へ歩み寄った。


「ツンデレラ!部屋に居るんでしょっ?早く返事なさい!」


「な、何の用事よ!」

 上気した顔を押し隠したツンデレラは、開けた扉の向こう、立っていた義母に必要以上に無愛想に訊いた。


「ふんっ! 年上に対する口のきき方を知らないのね? 母親の顔が見てみたいわ」

 義母の方も険悪な口調を隠さない。義理の娘に露骨な悪口を吐く。


 だがツンデレラは義母の嫌味を鼻で笑って返した。


「あら失礼。年配・・の女性に対する配慮が欠けていたわね。その点はお詫びするわ。

 それと法律上は、あなたがあたしの母親じゃない。顔が見たければ鏡でものぞけば?」


「な、なんですって! 誰が年配ですかっ! わたしはまだ四十代よ!」


 金切り声を上げかけた義母に、ツンデレラは肩をすくめて言った。


「それより、なにか用件があったんじゃない? 年寄りは物忘れが激しくて困るわね」

 

 怒りの絶叫を上げかけた義母だったが、すんでのところでこらえる。

 ツンデレラに口ではかなわないことを思い出したのだ。


「まあいいわ。早く出ていらっしゃい。王宮からの人改めが来ているの……まさかあなた、何か捕まるようなことしでかしたんじゃないでしょうね?」


「まあ――なんて濡れ衣かしら。あたしのことをそこまでバカだと思っていたの? あたしはあんた達と違って、もし悪いことをしても捕まるようなヘマはしないわ」


 ツンデレラの言い草に義母は思わず納得しかけてしまう。


「……それもそうか……いえ、とにかくさっさと表へ行きなさい!」

 


 玄関先には、三人の男がいた。

「私の名はグリッソム。王立科学捜査班《R・S・I》のリーダーです」

「私はテイラー」

「……ホレイショだ」

「……どこかで聞いたような危険な名前のそろい踏みね? で、その三方がいったい何の用事かしら?」

 ツンデレラはたずねた。


「この家に王宮舞踏会に出た娘さんがいると聞いてやってきました。とある高貴な方からの依頼でね。なんでも、舞踏会で踊ったお嬢さんが忘れられないそうです」


「おおかた地位に飽かせて無理やり迫ってひじ鉄でも食らったんでしょ? 探し出して意趣返しなんて趣味が悪いわよ」

 ツンデレラの辛辣な発言に捜査官たちは苦笑する。


「いえ。相手の方も、その……まんざらでもないようだったと言っておられるのですよ」


「へえ。でもなんで私を呼び出したの? 私は舞踏会に行っていないのだけれど?」


 こっそりと舞踏会に行ったことがバレては困る。

 ツンデレラはわざとらしく首をかしげた。内心でオスカーものの演技と自負している。


 だが――。

「それが……ね。この家の娘さんであることは確かなのです。しかし、あなたの義理の姉妹たちは違った。だからあなたを呼び出させていただいたのです」


「この国に同じ年ごろの少女なんか沢山いるでしょ? なぜこの家の娘だと分かるのよ?!」

 ツンデレラの問いに捜査官たちは、にやりと笑う。


「現場に残されていた遺留品から南国の特殊な香料が発見されました。それは貿易商であるこの屋敷にしか有るはずがないのです。ほら……このガラスの靴を履いて下さい」


「くっ! ええ……あたしがやりました」


 推理ドラマ風の雰囲気が漂っていたのでツンデレラはそれに合わせた。

 こういうところでは、マメに空気を読む娘なのである。


「……どうしても、あたしは舞踏会に行きたかった。でも、それが叶わなかったから……つい、こんなことを……」


「そんなっ! ツンデレラ……あなた!」

 継母も演技を合わせてくれた。


(この二人、実はとても息が合うのかもしれない)


「さあ……行きましょう」

 うつむいたツンデレラの肩に捜査官は手を置く。そして彼女を促すと馬車へといざなったのだった。


――――――――


「あ……あなたは!」

 連行された王宮の一室。ツンデレラを待っていたのは舞踏会で出会った青年だった。


「やあ、すまない。どうしても君に会いたくってね。捜査官の皆さんも私のワガママに付き合ってくれてありがとう」

 青年は頭をかいた。その青年に王立科学捜査官たちは深く頭を下げる。


「あなた……いったい何者? 国家捜査官をアゴで使うなんて……」

 驚きに声を大きくしたツンデレラを捜査官がたしなめる。


「言葉を慎みなさい! お嬢さん、こちらのお方は――この国の王子。王国の唯一の継承者であらせられるのだぞ!」


「おっ、王子!?」

 絶句したツンデレラに王子は笑いかける。


「ああ……民の本音や実情を知るため、ちょっとした趣向も兼ねて、小姓の格好で舞踏会に紛れ込んでいたのだよ。ふだんつけている付けひげを外しただけで、意外と気づかれないものだね。

 ――そして、そのおかげで君に会えた」


 笑いをおさめ、王子は真剣な顔でツンデレラを見つめる。


「でも、なぜそこまでしてアタシを? 舞踏会のわずかな一時、それも下手なダンスを一緒に踊っただけなのに……まさか! 足を踏まれてマゾヒズムに目覚めたとか?」


「ハッハッハ。君のそういうところがいいのだよ。人が人を好きになるのに長い時間は必要ないだろう? それにあの時、君も同じ気持ちのようだったと思ったのだが――私のうぬぼれかな?」


 王子の問いにツンデレラは答えられない。

 だが、その赤い顔が返答を雄弁に物語っていた。


 それだけで王子には十分だった。彼はツンデレラの手を取って言う。


「さあツンデレラ、君のことを父に紹介させてくれ」


「でも……あたしはただの庶民よ? 父はたしかに資産家だけど、それでも爵位や領地を持っているわけじゃないし……私自身も、自慢できるほどの器量良しじゃないし……」


 いきなりの事にためらうツンデレラを、王子は熱心に口説く。


「大丈夫! 父はそんなこと気にする人じゃない。それに父も僕も外戚の地位狙いの貴族にはうんざりしていたところなんだ――容色自慢の美女に迫られるのにもね」


「でも、そんな……えっ! ちょっと!」


 急展開にツンデレラがためらうと、業を煮やした王子は彼女を強引に抱き寄せた。


 臣下が慌てて退出していくのを横目に、王子はツンデレラの髪に顔を埋める。


「……父も僕も、君のような子は大好きなんだ」

 熱をこめて王子はツンデレラの耳元でささやいた。


「自分で言うのもなんだけど……本当に大丈夫なのかしら? この国」

 王子の胸板で半ばとろけながらも、ツンデレラは彼女らしいことをいった。


 減らず口を叩く彼女の口を――苦笑しつつも王子は自分の唇でふさぐ。

 唇から伝わる熱に腰砕けになったツンデレラは、ついに王子を強く抱きしめ返した。


(たまには庶民から嫁なり愛人を迎えて……夢を見せておくのも王族の義務っていうことかしら?)


 ツンデレラの頭の端に冷静な考えが浮かぶが、それは王子に抱き上げられ寝室に運ばれていくまでの間に泡の如く消えていった。


 すべてが夢のような一時――それは今、始まったばかりだった。





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