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ツンデレラ 灰色の御伽草子  作者: 習志野ボンベ
4/19

天下一舞踏会

ご意見、ご感想、いただけたならば幸いです。

 場所は王宮前――馬車を飛ばしたこともあり、ツンデレラはとりあえず舞踏会の時間には間に合っていた。


 だが――。


「ゼヒ……ゼヒ……」

「ゾナハ病? いくら魔女でもアクア・ウィタエまでは持ってないわよ」


 苦しそうに息をするツンデレラに、魔女の容赦ないボケだった。

 うらめしそうな眼で魔女を見つめるツンデレラ。だが返事をすることはできない。

 あまりの急加速と減速、景色が横に流れるドリフトの連続。

 ツンデレラは過呼吸に陥っていたのだった。

 

 途中の峠ではなぜかネズミの御者とライバルたちとの公道バトルが始まり、単行本にして一冊半くらいの熱い戦いの末、勝負は決した。

 この本筋とは関係のないバトルの間、ずっと左右に振り回されていたツンデレラは正直、内臓まで吐き出したい気分でいた。

 

 もともとダンスは不得意なのに、体調がこの有様では舞踏会で王子の心を射止めることなど、かないそうもない。


 しかし、青白い顔をしながらもツンデレラはあきらめようとしなかった。


「ゼエ……ゼエ……ありがとう、魔女さん。あんたがここまで連れてきてくれたおかげでなんとか舞踏会に出られるわ。

 きれいなドレスもある。圧倒的じゃないわが軍は。これで後、十年は踊れるわ!」


「ちょっと……あなた! その体調でダンスなんかするつもり? 無理に決まっているじゃない! だいたい十二時までの残り三時間で何ができるっていうの?」

 

 強がるツンデレラを魔女は止めた。

 他人事とはいえ、いくらかでも縁のある少女が恥をかくのは見るに忍びない。

 

 だがツンデレラは首を横に振った。


「いいえ! 無理じゃないわ! ここまで来たんだもの、あきらめるわけにはいかないんだから!」

 ツンデレラは覚束ない足取りで王宮の中へ歩いて行く。もっとも裏腹に顔には確かな意思があった。


「ふうん。意地っ張りね? でも、そういうコ嫌いじゃないわよ」

 ツンデレラの後ろ姿を見送り、魔女は微笑んだ。


―――――――― 


「強がっては見たんだけど……これじゃ、意味無いじゃない」


 ツンデレラはダンスホールの壁際でぶ然としていた。


「結局、ヤンゴトなき方々と踊れるのは金持ちの娘だけ――まあ、どこの貴族も見栄の張りすぎで、内情は火の車っていう話は聞いていたんだけどさァ」


 持参金目当てで大商人の娘を嫁にするというのは、どこの貴族もやっていることだった。

 確実に持参金を得たい貴族の思惑で、舞踏会では招待状をもらった大商人の娘たちと庶民の娘たちでは入口から供される酒肴に至るまで明確に差別された状態になる。


 本来ならばツンデレラもセレブ側にいるはずなのだが、招待状を持たず王宮に来たため、庶民用の入り口から入らざるをえなかった。

 ツンデレラの周りにいる庶民の娘たちは王宮に来られて生涯の思い出ができたと喜んでいる。

 貴族の若殿にお情けで二言三言かけられた娘たちは、それだけで天にも舞い上がる気分でいるようだった。

 

 だが――。


「……それだけじゃダメなのよね」

 ツンデレラはつぶやいた。


 彼女の狙いは王子ただ一人。玉の輿に乗り国政を牛耳るためにはそうする必要があった。

 しかし、若い男女の組みがいくつか出来かけているものの、本命の王子はいまだ姿を現してはいない。

 他の娘たちは目を皿のようにして王子を探してはいるが、そもそも王子が庶民の娘を娶るハズはない。


 あくまで王子は舞踏会の主人役。庶民の娘たちに叶わぬ夢を抱かせる存在なのだ。

 その事実はツンデレラも重々承知。

 この状況で、どうやってツンデレラは王子の妻の座を狙っているのか?


 彼女の目論見……それは――。


(踊りと会話の合間に、他人には言えない恥ずかしい性癖とか探り出して、脅迫して妻になってやる!)

 

 ……まことに殺伐としたツンデレラの脳内である。

 



 油断ない目つきは舞踏会というより戦場がよくにあう。狩人や戦士のようなツンデレラの瞳だった。

 それなりに可愛いツンデレラに、声をかける男が一人もいないのは、その肉食獣のような鋭い視線のせいだったろう。


「あの、お嬢さん?」


 不審に思ったのか、小姓のような身なりの青年がツンデレラに声をかけた。

 貴族たちのように豪華な装いではないが、どこか品のある雰囲気を漂わせている。


(ヤバッ、警備呼ばれた! 気配隠さなきゃ!)


「あら? どうかなさいましたの?」

 一瞬にして豹から猫をかぶり直し、ツンデレラは答えた。


「あ、いえ。お嬢さんはこの舞踏会を十分にお楽しみでしょうか? どうにもダンスを堪能しておられるようには見えませんので」

 少女の文字どおりの豹変に驚きながら、身につけた礼儀に則り青年はたずねる。


 その青年の配慮にツンデレラは一礼して応じた。


「いいえ、十分に楽しませていただいておりますわ……ところで、王子さまは舞踏会においでにはなられないのですか?」


「ええ、今のところは、明日の未明――舞踏会の終りには顔を出されるようですよ」


「あ、明日っ!? そんな……じゃあ、あたしは無駄足だったというの?」

 ツンデレラは日付が変わる前に帰らねばならない。

 だが王子の登場は明日のことになるという。

 

 落胆してうつむいたツンデレラに、青年はたずねた。


「どうしました? お嬢さん、王子に言付けがあれば承りますが?」

「あ、いえ、王子様と一曲踊らせていただければと思ったの。あたしには用事があって、今日中には帰らきゃならないから……」

 失望して打ちひしがれた様子のツンデレラに、青年は困ったように頭をかいた。


「……参ったな。では、せめて私が相手をしてはいけませんか?」

 そういうと青年は手を差し出す。


「え? あ、その、ちょ!ちょっと!」

「ほら? こちらですよ」


 ためらうツンデレラの手を青年は強引に取った。舞踏場へとツンデレラを誘う。

 楽士たちの奏でる緩やかな曲調の音楽に合わせ、青年は柔らかくステップを踏んだ。

 慣れた身のこなしだった。

 

 仕方なく青年に合わせてツンデレラも踊る。

 といっても、書物だけが友。ダンスパーティなど、「なにそれおいしいの?」状態の彼女にとって、実はダンスは不得手中の不得手だった。

 ぎこちない動きで幾度も青年の足を踏みつけてしまう。


(あ、また踏んだ、これでもう四回目じゃない) 

 ツンデレラは足を踏んだ回数を数えだす。


 それが二桁を越えたあたりで――ツンデレラは考えるのをやめた。

 

「なんなのあの方?」

「せめて基本の一つでもマスターしてから来るものではなくて?」

 周りの庶民の娘たちが忍び笑うたび、ツンデレラの顔は赤みを増していく。


「わ、ワタシを笑い物にして楽しいの? アンタ……しゅ、趣味が悪いわよ!」


「そうではありませんよ。ほら、そんなに固くならずに力を抜いて……すべてを任せてください」


 青年は足を踏まれながら痛みを顔に出さない。優雅なリードでツンデレラを導いていく。


「わ、わかったわよ」

 ツンデレラは思考から体重、動作までの全てを青年に委ねた。

 

 今まで自分で考えること、行動することを片ときも止めなかったツンデレラにとって、他人に何もかも預けるのは初めての体験だった。

 青年のなすがままに動かされることにツンデレラは甘美な感覚を得る。今度は羞恥ではなく快感にツンデレラの頬が赤くなった。


 旋律が進むにつれ、触れあう二人の体が次第に溶け合うように感じる。

 二人は時間を忘れ、いつの間にか二曲、三曲と踊り続けてしまう。気が付けば二人の呼吸までもが完全に一致していた。


(いつまでも……こうして踊り続けていたい)

 桃色の薄靄がかかった脳内でツンデレラは思う。


 だが――。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 突然の鐘の音にツンデレラは正気に戻る。

 十二時の訪れを告げる無情なその音は、彼女にとって舞踏会の終りを告げるものだった。


(まだ……もう少し……)

 心ではそう思いながらも、ツンデレラは青年から体を離す。


「どうなさいました?お嬢さん」

 青年は驚いた。彼もツンデレラと踊り続けていたいようだった。


「もう……帰らなきゃ」

 青年の熱視線にツンデレラはとろけるような喜びを覚える。


 だが、ツンデレラは青年に背を向けた。

 かけられた魔法は十二時までしか持たない。それに玉の輿を狙いに来た挙句、他の男にうつつを抜かすのは、あまりにふしだらな所業に思えたのだった。

 甘い一時を知ってしまったため、別れのツラさは増す。自分の一部を置き忘れたような痛みが彼女を襲った。それでも振り返らずツンデレラは舞踏会を早足で後にする。

 慌てて王宮を出たツンデレラは、車寄せに急いで向かった。


「待って! お嬢さん!」


 その後ろから青年の声が響く。舞踏場から追いかけてきたらしい。それはツンデレラにとって何よりうれしい真情だった。

 きびすを返し、青年の腕の中に飛び込みたい――強烈な熱情がツンデレラの中に広がった。


 しかし、だからこそツンデレラは逆に加速する。もう一度青年に身を委ねてしまえば、後戻りはできなくなることは自分で分かっていたからだった。

 

 フリルだらけのスカートをひるがえし、邪魔なガラスの靴は脱ぎ捨て、ツンデレラは一目散にカボチャの馬車へ向かい――飛び乗った。


「お嬢さん!せめてお名前だけでも……!」

 青年の必死な声がツンデレラの胸を打った。走り出した馬車を見つめる青年の顔には真心があふれている。


「あたしの名は――ツ……」

 そこまで言いかけてツンデレラは思いとどまる。


(すべては一夜限りの幻――一時だけの夢にしておいた方がいいわ)

 そうしておけば自分も青年もこれ以上、この灼熱の感情に身を焼かれずに済む。


「ツ?」


「ツ、ツルペッタンよ! べ……別にあんたのことなんか、なんとも思ってないんだからね!」


「お嬢さん!」


 青年の声を後に残しツンデレラを乗せたカボチャの馬車は、夜の闇の中へと消えていく。

 背景には鐘の最後の一音が青年を慰めるようゆっくりと広がっていた。


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