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ツンデレラ 灰色の御伽草子  作者: 習志野ボンベ
3/19

魔女と少女と最速の馬車

「っ!」


 施錠され誰も入って来られないはずの倉庫。そこで突然、背後からの声である。

 心臓が止まりそうなほどの驚きにツンデレラはキックモーションの途中で固まった。

 しかし、持ち前の攻撃性――動くものはまず敵と考える捕食動物的な本能――で威嚇するようにたずねる。


「だ、だれよ!」

 だが、振り返った倉庫の中、自分が護摩壇を作り上げた一角には誰もいない。


(これは、もしかして……本物? まさか儀式が成功しちゃったの?)


 護摩壇の火が揺れ、静物にさえ動きを与えてみせる空間。ツンデレラは本気で怯えた。


(そういえば、この倉庫……けっこういわくつきの品も多いし……)

 よくいるタイプではあるが、ツンデレラはオカルト本大好きなくせに実話系怪談は大の苦手とする――そういう人間なのである。


 しかし、悲鳴や怯えた様子を外に出してはアイデンティティが崩壊するとばかりにツンデレラは歯を食いしばり、再度周りを確認する。


 すると――、


「あれ? なにかしら?」

 見回した視線の先、あれこれとガラクタの積まれたあたりから光が差し込んでいた。


 好奇心と攻撃性が恐怖心に勝ち、おそるおそる近づいていくツンデレラ。

 どうやら埋まっている何かが光を発しているらしい。ツンデレラは足で探るようにガラクタの山を崩していく。



「……この鏡……よね」

 

 生活雑貨や雑多な家具をスナップの効いたキックで蹴散らしていくと、ツンデレラの前に古びた姿見が現れた。


 何しろ発光しているのだから、縦長の鏡が尋常なものでないことはすぐに分かる。

 ツンデレラが恐る恐る埃を払い姿見を立てると、光る鏡の表面に文字が浮かんでいた。


「ええと……? 『通信状態から空間接続状態への切り替え作業中』? なんなのよ?」


 庶民の識字率はそれほど高くないこの時代であるが、裕福な商人の娘であるツンデレラは幼い頃に家庭教師について一通りの読み書きは習っていた。

 少なくともこの点について、庶民の女子には教育など不要と考える人たちが多かった時世、ツンデレラの父親は立派であったといえるだろう。

 もっとも、父の書斎で本を読み、知識をつけたツンデレラによる、数々の危険な攻撃を食らうことになった義母には別の意見があったろうけれど――。


「……『空間扉接続完了』? いったいなんなのよ!」

 身につけた教養には自信のあるはずの自分にさえ、読めはするが理解できない単語の羅列に苛立つツンデレラ。

 

 と、そのとき――。



『いいじゃないのよ? ねえ、とっても面白そうだもの!』


『ダメです! 魔法業界人の俗世への介入は厳禁されてるんですから――って、ちょっと、中に入らないで……んっ、ら、ラメぇ!』

 耳年増なツンデレラが、思わず赤面してしまう春めいた会話――そして。

 

 ♪テケテケッ――。

 

 未来から来た小太りの労働機械が、秘密道具を出すような音がした。

 一瞬、ツンデレラの気が抜けかけたところに――。

 

 ズボッ!

 

 あたかもB級ホラー映画のように鏡面からいきなり突き出してきた。

 白くたおやかな指に、ツンデレラは強く肩をつかまれた。


「ッ!」 


 声も出ず硬直したツンデレラの呼吸が止まり、危うく心拍まで止まりかける。 

 肩を強い力で引かれ、危うく鏡の中に引きずり込まれそうになったツンデレラ。


 だが、女の子が絶対にしてはいけないような顔で必死に踏みとどまり、逆に肩をつかむ手をこちら側へと引きずり出す。


 スポーン。

 

 アメコミのダークヒーローのような音を立て、凹凸のしっかりした体が鏡の中から現れた。引き抜いた勢いで後ろに倒れこむツンデレラに、その柔らかな量感のあるボディを重ね、押しつぶす。



「あ痛たたた……もう、積極的ねぇ?」

「だ、だれよ……あんたッ!」


 いまだ脳内は混乱していたが、相手が生身となればしめたもの。ツンデレラは目の前の豊かな双丘越しに強気で冷ややかな声を闖入者にかけた。


「やん! もう冷たいのね? お姉さん……とっても悲しいな」

「……だまれ! この年増乳牛!」

「何ですって!? 洗濯板が小生意気に……!」


 断っておくがツンデレラの胸は年頃からすれば、まずまずのサイズ。

 闖入者のそれが規格外であるだけだ。

 そのGだかFだかHだかのモノを挟んで最悪の会話を始める二人。

 離婚調停中の夫婦のほうが、まだ友好的に思えるだろう悪意の応酬だ。

 

「ふん!」

 体を重ねたまま、プイと他所を向き合う二人。


 と、突然上に乗っていた侵入者が不意に目線を倉庫内の一点に止めた。

 同性であるツンデレラにさえ惜しいと思わせる感触を残して、彼女は起き上がる。


「ねえ……ところで、あなた? 何か強い願いでもあるのではなくて?」

「なっ! なによ! なんなのよいきなり!」


 視線をヨソに向けたまま、いきなりの一言を受け。

 侵入者にたいして取るべき態度も忘れ、ツンデレラはあわてる。

 たしかに、自分には願いが――行きたい場所がある……が、しかし、


「別に、あんたなんかに頼みたくないわ……っていうか、あんた不法侵入者じゃない!?警備隊を呼ぶわよ!」


「ム・ダ・よ……今、この倉庫の近くに人はいない。人払いの魔法もかけてあるわ。

 私は『魔女』ミランダ……だから、それくらいは分かるし――デキるわ」 


「……魔女!?」

 神に逆らうモノの名を聞きツンデレラは一瞬、本能的に怯えた。

 日曜の説教で聞かされた数々の魔女の所業が頭をよぎる。子供のころからの恐怖は彼女の背筋を寒くさせた。


(……でも)

 しかし、よく考えればこの状況でツンデレラにとって魔女というのはうってつけの存在である。


(ふふふ……)

 ほくそ笑んだツンデレラは、腰に手を当て、魔女を自称する眼前の女に向かって言った。


「ご苦労、私の願いに応えて来てくれたのね? さあ、あたしの馬をなりなさ……」

「脇をシめ、エグりこむようにして――撃つべしっ! 討つべしっ!」

「それ字が違っ、ひいっ――!」

 

 チュッ……ドーン!

 

 ツンデレラの顔の脇を一本の光線がかすめる――と、ほぼ同時に彼女の背後の荷物が閃光を発し、爆散した。


「ねえ、どこぞの女神の生まれ変わりさん? 私もフランクな関係は好きよ。

 でも図々しいのや馴れ馴れしいのはだ・い・嫌いなの――下手な冗談もね。お分かり?あなたも小宇宙やら気やら霊圧を消されたくないでしょう?」

 魔女のねぶるような口調に、ツンデレラはこくこくと頷く。


「で、ほら? 早く願い事を言ってみなさいな、お嬢さん?」

 ツンデレラは口を尖らせたが背後のガラクタのように粉々になりたくはない。


(殺されるにしても、せめて原形だけはとどめていたい)

 恐怖からあっさりと自分の願いを口に出した。


「あたしは舞踏会に行きたいの――舞踏会に行って王子の心をつかみ、そのまま結婚して王太子妃の座につきたいのよ」


「まあ、ずいぶん俗な願いね? 理由を聞かせてもらってイイかしら?」


 世間ではありふれた望みではある――が、眼前の風変りな少女から聞かされるとは思っていなかった望みでもある。

 目の前の美少女の本性は、短い時間の会話と観察だけでも分かった。奇妙に思った魔女は理由を聞く。


「べ……別にいいじゃない!魔女のあんたには関係のないことでしょ!?

 将来、王妃になったら、ツンデレラ城を作ってミステリーツアーがしたいだけよ!」

 

 カナカナカナカナカナカナカナカナカナ……。

 

 カメムシ目(半翅目)・セミ科に属し、日本を含む東アジアに分布する中型のセミの鳴き声が響き、

 

「……ウ・ソ・だ!」 


「ひいっ!」

 画面いっぱいに広がった、魔女のものすごい形相。ツンデレラは本気で怯えた。


「……と、冗談はさておき、下手な言い訳は止しなさい。だいたい、あなたがそんなコトをしたら黒いネズミに消されてしまうわよ? 天下の角川グループだって、ヤツラとは互角がいいところなのに――」


 ツンデレラの言い訳に、魔女はお愛想がてらのツッコミを入れる。


 しかし、ツンデレラはプイっとよそを向く。一言も漏らす気はないようだった。


「どうしても話す気がない? それなら仕方ないわね……全てあなたが悪いのよ?

 ――質問に素直に答えてくれなかった、あなたがね……」


「な、なによ!」


 魔女が醸す不穏な雰囲気にツンデレラは警戒し、身構える。だが、魔女の取った行動はツンデレラの予想の斜め上を行っていた。


「……話す気が無いんなら――カラダに聞いてあげるわっ!」


「あっ! ちょ、ちょっと! どこ触っているのよ! 変態! アッ……!」


 容赦なく体をまさぐる魔女。

 思わず悲鳴をあげてしまったツンデレラ。

 

「やっぱり若いってイイわね。どこもかしこもプルプル。それにウブな子は感度がイイわ」

「このバカ魔女! 色魔っ! なにするのよ! ……って、あ……ちょ、そこは……!」


 嫌がる少女を巧妙に抑えつけ、魔女は愛撫という名の拷問に掛ける。


「へえ……ここが弱いのね? あなた。『黄金の指の魔女』と呼ばれた私の力を見せてあげる。ほら……ここは?」


「や……止めなさいよ! あ……駄目! そこはらめぇ……」


「ふふふ、口では強がっても可愛いものじゃない。ほら。早く答えないとこの章の副題が、

『ツンデレラのなくころに』、なっちゃうわよ」

 

 老練な魔女の指に未体験の世界を見せられたツンデレラ。

 息も絶え絶えになった少女をしかし魔女は許そうとはしない。


「い、言うわっ! 言うからっ! もう……止めて! そ、その動きは止め……あっ……」

「うふふ、なんだか楽しくなってきちゃった、あと、もう少し……ね?」

「あ……もう……これ以上は――あっ……」

 

 存分に続いた百合シーンの後、ついにツンデレラは屈服した。


(勝者ミランダ、一ラウンド二分十三秒――テクニカル・ノックアウト)


――――――――



「……は、恥ずかしいから一度しか言わないわよ!」

 

 魔女に好き放題に扱われ、乙女として何か大事なものを失ってしまったツンデレラは、ほほをふくらませながら質問に答えた。


「あたしは貴族が好き勝手にやって、国民にしわ寄せが来ているこの国を変えたいのよ。

 正義とは言わないわ。自分に何ができるのか――どこまでできるのかを知りたいだけなの。

 けれど女として生まれてしまった以上、今の社会じゃ役人としての出世は無理。だから王子を籠絡して将来の王妃になるしか手段はないのよ。でも親が大商人といっても身分が庶民のあたしには今日の舞踏会が唯一のチャンスなの。だから、お願い。力を貸して?」


 顔に羞恥と熱情の赤を残してはいたが、ツンデレラの表情は真剣だった。


「それは――あなたがやらなければならないことなの? 国のためにそんなことしてあげる義務も義理も筋合いもないでしょう?」

 と、謎めいた笑みを浮かべ、問う魔女ミランダに、


「義務? 義理? ええ無いわね。でも義務や義理や筋合いが無くても、やっちゃいけない理由にはならないはずよ!」


 ツンデレラは強気に言い切る。

 何とかなだめようとした魔女もあきらめて肩をすくめた。


「……マーリン師匠には人間界の政治には関わるな――って、かなりキツく言われていたんだけどねぇ?」

 困り顔で魔女は言う。


 だが、調子に乗って少女をもてあそんでしまったことにも罪悪感があった。


(一度こういうコトしちゃうと情が移っちゃうのよね? 昔からこういう変なコの頼みには弱いし。

 ……でも、私がこの子を城に届けても、王子の気をひけるかどうかは別問題よね――それなら、まあいいかな)

 楽観した魔女は安請け合いした。

 

「分かったわよ、あなたを送って行くわ。で、準備して欲しいものがあるんだけど……

ええとまず――」


「ネズミとカボチャね!」

 ツンデレラは後ろ手に隠し持っていた二つを即座に取り出した。


 その準備の良さに目を丸くしながらも魔女は呪文を唱える。

「ず……ずいぶんと手回しがいいわね? ま、まあいいわ、それじゃ後は着替えよ!

 『マジカルパワー・メイキング・イリュージョン』!」

 

 大人が全力で叫ぶには、こっぱずかしずぎる呪文とともに、ナゾのカクテル光線がツンデレラを包み込む。同時に、あたりに音楽と光が漏れだした。 


 やがて残光が消えた後には、ドレスに着替えたばかりか化粧まで済まされたツンデレラの姿――ご丁寧に靴まで履き替えさせられている。


「……ねえ、その呪文は何なの? それに、どうして着替えの最中、あたしはシルエットで全裸にされたの?」


「仕様よ――様式美みたいなものね。安心しなさい。だれにも逆らえない絶対の法則によって、変身中は絶対に攻撃されないから。

 それより続けて馬車も行くわよ、えいっ!」

 

 ポンッ!


 今度は小気味よい音をたて、馬車が出現した。


 だが――。


「ねえ? なんで馬車が野太い排気音を立てているの? 車体の横に書いてあるツンデレ豆腐店ってどういう意味よ?!」


「……これも仕様なの」


「じゃあ、なんでネズミの御者が三点式のシートベルト締めてるのよ!?」


「うるさいわねっ! 私の趣味よっ! 文句ある? それより、ほらっ早く乗りなさい!

 あなたにかけた魔法は日付が変わるまでしか持たないのよっ!」


「え! イヤっ……なんでそんなお役所仕事なのよ?! あっ、ちょっと! せっかくの舞踏会にこんな馬車で行きたくないってヴぁ!」


 乙女として抗議したツンデレラだったが、逆ギレした魔女に無理やり馬車の中に押し込まれる。

 

 同時に、どこからともな響きだしたのは、

 物悲しく、しかしどこか心騒がせるユーロビートの音色。


 そして、


 ギュルゥギュルルギュルゥ――!

 

 馬車の車輪がホイルスピンを起こし煙を立てた。

 一瞬の後、ツンデレラに強烈なGが襲いかかる。

 テンポのいいラップと16ビートのデジタルサウンドが鳴り響き――、


「いやーっ! キャーッ!」


 ツンデレラの絶叫を後に残し、馬車は猛スピードで走りだした。

 それなりに厚さのあるはずの倉庫の壁に馬車型のシルエットを刻んで突き抜ける。

 かくして某デロリアンを思わせる二筋の炎を残し、馬車は夜の闇へ消えていった。

 


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