結末
ふと気づけばツンデレラは元の戦場に戻っていた。
周りからは、しばらくぼうっとしていたように見えたらしい――不安げな声がツンデレラに聞く。
「どうなされました? 王妃さま?」
周りには側近にして諜報官である文学侍従たちがいた。
どうやら戦場に復帰してきたらしい。青白い顔をしたジルドレもいた。
ツンデレラを同じく心配そうに見つめている。呆けたようになっていたツンデレラが急に泣き出したのが気になったらしい。
我に帰ったツンデレラは目尻を拭う――そして冷静に言った。
「……いえ、なんでもないわ。それより状況の説明をしてちょうだい」
ツンデレラのなにげない言葉は氷河のような冷たさの中に甘さを感じさせた。ジルドレや側近たちは、思わず体を震わせる。
つい先ほどミランダを失ったばかりのツンデレラは、もはや今までの彼女ではなかった。
ツンデレラは無二の友の代わりに、神々しいまでの威厳を手に入れていたのだった。
その変わりように側近の侍従たちやジルドレですら目を見張る。先ほどの戦場での働きと合わせ、畏怖すら感じているものもいた。
「……報告はどうしたの?」
凍りついたような空気の中、もう一度ツンデレラは聞く。
さりげない声だったにもかかわらず、その言葉は一帯の部下たち全てに響いた。
「はっ、はい! こちらでございます」
部下の一人が慌てて書類を手渡した――その手と声が震えている。ツンデレラは気付かぬふりをして受け取ると、文書に目を通した。
「ふうん……騎士団は分散して逃げたのね。面倒なことになったわ」
不機嫌そうなツンデレラに、気を利かせたつもりの部下が献策する。
「では地元住民に落ち武者狩りをさせてはいかがでしょうか? 騎士団の首に賞金をかけ探させてみれば、捜索の手間が省けるかと」
ツンデレラは首を横に振った。
「だめよ、騎士団を団結させた挙句、住民に犠牲が増えるだけね。それより奴らの自壊を待ちましょう。おそらく良い知らせは向こうからやってくるわ」
「はあ? 王妃さまがそうおっしゃるなら……」
ツンデレラに却下され、献策した部下は不満ではあったが了解する。
だが、数分後――本当に吉報が届き、部下たちは仰天するのだった。
「お、王妃さま!」
ツンデレラの陣幕に一騎の人馬が駆け込んできた。
いまだ血臭抜け切らぬ戦場で、事後処理を進めていたツンデレラに報告を届けに来た伝令だった。
「ほ、報告いたします! く、クルーエルめが討ち取られたそうでございます!」
伝令の伝えた内容に、ツンデレラ側近たちからどよめきが起こった。
半分は敵軍の中心人物が死んだことへの安堵。もう半分は、それを予見していたかのようなツンデレラの発言に対してだった。
「クルーエルを討ち取ったのは、どちらの軍勢かしら?」
ツンデレラは素知らぬ顔だった。息を切らしている伝令に水筒を手渡すと淡々と訊く。
「こ、これは! もうしわけありません王妃さま! はい、クルーエルを討ち取ったのは、配下であった騎士団であるとのことです」
ツンデレラの手渡した水筒を拝むようにして受け取った伝令は、恐縮して口を付けようともせず報告を続けた。
「騎士団とクルーエルは隣国三カ国による連合軍に援助を乞うたものの、王殺しには助力できぬと言われて万事休したそうで。
下手をすれば手のひらを返した連合軍に襲われかねない――そう考えた騎士団の一部が反旗を翻しクルーエルを討ち取ったそうです。先ほど騎士団から使者がまいりまして……」
伝令は懐から封書を取り出した。
「王妃さまに向けての騎士団からの降伏文書だそうです。なんでも、我々はクルーエルに騙されていた。クルーエルの首を王妃さまに捧げ、今後は忠誠を尽くすゆえ、なにとぞ、助命していただきたい――とのことでした」
側近たちはツンデレラの判断を固唾を飲んで見守った。
騎士団の降伏はずいぶんと身勝手なものだったし、実際に騎士団が降伏したとして本当に信頼できるものなのか、正直にいえば分かりかねるところがあったからだった。
「そう……それなら騎士団には忠誠心を証明してもらうわ。具体的には我が国に侵攻してきた隣国の連合軍に対し、先鋒として真っ先に攻めかかってもらおうかしらね」
(むう……)
ツンデレラの発言に耳を澄ませていたジルドレはうめいた。
傷の痛みからではない。判断の確かさと抜け目の無さに驚いたのだった。
(危険分子を前方に置いて監視しつつ、連合軍に対しての戦力としても利用する……か。うまい手だ。騎士団にとっても謀反人と忠臣の分かれ目ゆえ、彼らも死ぬ気で戦うだろう。
疲弊している我が軍も一息つける。逆らう様子が見えたなら背後から討てばいい。一石二鳥? いや三鳥といったところか……)
侵攻してきた隣国軍には手痛い一撃を与えて追い返さねばならない。そうしなければ、野心を抱いたままの隣国を左右に抱えたまま、この国は過ごさねばなくなる。
王国の安定のため、うかつに侵攻すれば代償は高くつくことを、隣国の骨身に教えこまなければならなかった。
死に物狂いの騎士団は、そのための強力な手駒となってくれるだろう。
「伝令さん?御苦労だけど、もう一つ頼まれてくれないかしら?騎士団の使いに対して、今の内容――こちらの要求を伝えてほしいの」
ツンデレラは親しげに頼んだ。しかし、その言葉には犯しがたい威厳がある。
「ははっ!ではさっそく!」
「ええ、お願いね」
伝令は疲れなど忘れ、かしこまってツンデレラの依頼を受けたのだった。
かくして神殿騎士団を先鋒に、隣国の各軍への反撃が始まった。
窮鼠猫を噛む勢いで戦う神殿騎士団と、影響された王国の軍の奮戦は敵方に甚大な損害を与えた――また、ツンデレラ配下の諜報集団、文学侍従たちは敵方に不和の種を招き、同士討ちを誘発させるなどして活躍した。
一方、負傷中のジルドレもツンデレラの帷幕にあって、歴戦の経験を生かして、軍勢の実質的な指示を取った。
各戦力がかみ合った結果は言うまでもない。トナリア、リンゴク、マワリーノの各国軍勢は大きな被害を受け、追い散らされて自国へと帰っていったのだった。
後に救国の王妃と呼ばれるツンデレラ。
その生涯において最大の決戦と呼ばれるトアル平原の戦いの――これが結末だった。




