別離
「「「王妃さま、ツンデレラさま!」」」
「ふう、これで一件落着かしらね?」
勝利に沸く兵士たちに、自分の名が幾度も連呼される中、ツンデレラはひそかに冷や汗をぬぐい文字どおり一息ついた。
「ねえ、聞いているんでしょ?ミランダ?」
ツンデレラは魔女に呼びかけた。もっとも勝利を分かち合いたい人物は、この友人だったのだ。
「……聞こえて……いるわよ」
魔女からの返事はノイズ混じりの細い声だった。
喜びに満ち溢れていたツンデレラの顔に、ふっと不安がよぎる。
「ちょっと! どうしたのよ!」
ツンデレラは慌てた。魔女の安否が妙に気になったのだ。
「……ねえ、ツンデレラ。ちょっと……時間をもらうわよ」
魔女のかすれた声が小さく響く。
「えっ? あれっ?」
一瞬、ふわりと浮遊感――同時に回りの景色が色彩を失った。兵士たちの揚げる歓声や、ざわめきなど一切の音が消え、あたりは静寂に満たされる。
配下の兵たちは動きを止め、戦勝の笑顔のまま凍りついていた。
いや――それだけではない。
周囲の戦場全てが灰色に染まっている。宙を飛ぶ小鳥までもが色と動きを失っていた。
「ちょっと何よ! 何なのよこれは!」
驚き慌てるツンデレラに背後から声がかかった。
「こちらです。ツンデレラさま」
「あ、あんたは?」
突如現れたのはメイド姿の女性――ツンデレラは何者かを聞いた。
「魔女ミランダのしもべ――もとい家具の鏡の精でございます。ちなみに今の外見は主人の趣味でございます」
「ああ、あの鏡の精さん。ずいぶんと久しぶりね? いったいここはどこなの?」
矢継ぎ早に設定を聞いてくるツンデレラに、鏡の精は小さくため息をつく。
「……一応、物語の設定上、私とツンデレラさまは初対面となっておりますのですが――まあ確かに私の登場は久しぶりですね。ところで、こちらは加速空間と言います。一万倍に時間が加速されておりますので、見かけ上は回りが止まって見えるのです」
出番の少なさを恨むように言う鏡の精にツンデレラは笑みを向けた。
「ええと、つまり加速装置とかクロックアップっていうことね?
いいじゃない。キャストオフのギミックは私も大好きよ」
なるほど主人に似合いの友人であると内心で感じたらしい。鏡の精はもう一つため息をついた。
「……それはようございました。ではツンデレラさま、こちらへどうぞ。主人がお待ちしております。用件についても主人の方から説明がございますよ」
鏡の精は何もない空間を指さした――そこに突然、扉が姿を現す。
「ピンク色のどこでも行けそうな扉? お約束ね」
「……申し訳ございません。これも主人の趣味でございますので」
鏡の精が一礼すると、扉は音もなく開いた。その先、果てしなく広がる闇へツンデレラが飛び込んでいくと――。
トンネルを抜けると――そこはえらくラグジュアリーな空間だった。
「大勝利ね、ツンデレラ」
赤いビロードの長椅子に腰かけ、しどけない格好の魔女が声をかけた。
「ええ勝ったわ。全部あんたのおかげよ」
ツンデレラは短くいった。だが一言には万感の思いが込められている。
「いいえ、あなたが成し遂げてきたことが配下の兵たちに受け入れられていたからよ。
そうじゃなきゃ、あなたの軍はインチキ大僧正の扇動だけで崩れていたはず――あなたがしっかりと信頼を勝ち取っていたからこその勝利なのよ」
「ちょ……バカ! なんなのよ! いきなり……」
魔女の口から出たのは、思ってもみなかった優しい言葉――勝利の余韻で気持ちの高ぶっていたツンデレラは思わず目頭が熱くなった。
「そ、そんなことより二人で一杯飲みましょうよ? 勝ったから、それで終わりってわけじゃなくて、また明日から戦後処理のアレやコレが始まるけど――でも二人で戦いに勝ったんだもの、今は祝杯を上げなきゃね」
照れ隠しに明るく言ったツンデレラ。
だが魔女は首を横に振った。
「だめよ、時間が無いの。私はそろそろ行かなくちゃならないから…………魔法使いのお偉いさんたちから、査問会の召喚状が届いているのよ」
自分を見る視線の余裕のなさに、ツンデレラは魔女の窮状を知った。
「どういうこと? まさかあたしに肩入れしすぎたせい? ネクターとかいうのを、あたしのために奪ったりしたからなの?」
慌てるツンデレラに、魔女は再度首を横に振る。
「いいえ、あなたのせいじゃないわ。私が師匠の威光を楯にして、昔から好き勝手に生きてきたから、お偉いさんにニラまれていたのよ――今回のはちょうどイイ口実だったってワケ。今度のことがなくったって、いつかナニかの理由で文句を付けてきたわよ」
さばさばとした口調で魔女は言う。それがかえってツンデレラにはこたえた。
「でも結局、今回呼ばれたのは、あたしに協力したせいでしょ!」
叫ぶようにツンデレラは言う。
「あたしは、あんたの力で舞踏会に行けた。あんたのおかげでシャルルと出会えて王妃にまでなれたわ。自分で選んだ道だけどツラいことも沢山あった。でも、あんたの胸の中で泣いてあたしは我慢できた。そして今日の勝利もあんたのおかげ――なのに、自分だけ幸せになって、あんたにだけツラいことを押し付けるなんてしたくない!」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、ツンデレラは魔女の胸に飛び込んだ。
「ダメよミランダ! 査問会なんて絶対に行っちゃダメ! あんたはここにいるの!
これから一生、ずっとあたしのそばにいるのよ!」
ツンデレラは魔女の服をつかみ、絶対に放さぬように握りしめる。
「ほら、あんた、あたしのことを食べるんでしょ? イヤらしい意味でも全然構わないから……だから、ねえ、行かないでよミランダ!」
親とはぐれかけた子供のようにツンデレラは魔女にしがみつく。恥も外聞もなく泣きじゃくるツンデレラの額を軽くつつくと、魔女は優しく笑いかけた。
「食ったさ……もう腹ぁ一杯だ」
「ミランダのバカっ! そのセリフは……」
思わず顔を上げたツンデレラは、魔女の儚げな微笑みに思わず目をそらした。
「だめよツンデレラ――それは駄目なの」
「なんでよっ!」
半ば自棄になったように言うツンデレラに、魔女はあやすような語調で言った。
「もし私がココに残れば、お偉いさんの魔法使いたちは、あなたとこの国を標的にするわ。
私をおびき出すためにね。そうなればあなたの守った国は人災天災のオンパレードになるわよ。
本気になった魔法使いは恐ろしいんだから――それに逃げて回るのは趣味じゃないの」
魔女はツンデレラの頭を優しくなでた。
「だからね、私は行かなきゃいけないわ……ねえ、分かってツンデレラ」
「それは、その……でも……!」
ツンデレラの頭脳は魔女の言うことが正しいと理解していた。しかし心は絶対に納得できない。張り裂けそうな思いがツンデレラをむしばんだ。苦悩にあえぐツンデレラを、魔女は柔らかく抱きしめる。
「あんたが処罰されたら、もう二度とあたしたちは会えないのかしら?」
魔女の胸に顔をうずめ、ツンデレラは小さくつぶやく。
「多分そうなるわね、私は長期間――たぶん百年くらいの幽閉に処されると思うから。
魔女の寿命は長いもの、中途半端な年月じゃ罰にはならないわ」
魔女もささやくように言う。
「だから……お別れよツンデレラ。今まで楽しかったわ」
最後に強く名残を惜しむように抱きしめると、魔女はツンデレラを押しやった。
「待ってミランダ!」
背を向けた魔女をツンデレラが呼び止める。
「……あなたが行かなきゃいけない理由は分かったわ。でも、それだけじゃさびしいもの。せめて何か、あなたを思い出すためのものをちょうだい」
魔女には断れない――ツンデレラは真剣な目をしていた。
「ええと……これだけは渡したくなかったんだけど」
そういって、魔女は胸元から一枚の紙を取り出す。慎重にそれを受け取ったツンデレラは一目見るなり噴き出した。
「これ、あんたなの? なに、このふんわりしたスダレ前髪! ぷっ!」
「ちょっと!あなたがくれっていったから渡したんでしょ! なんで笑うのよ!
美しくて、シリアスな別れの場面だったのに!」
魔女は腹を立てて奪い返そうとする。その手をツンデレラは笑いながらかわした。
「だって、この絵のあんたって、まるで八十年代のアイドルみたいな髪型してるんだもの。背景も妙に桃色だし……まるでブロマイドじゃない!」
ついに腹まで抱え出したツンデレラに、魔女はぶすっとした顔で返す。
「そうよ……それはブロマイド、マーリン師匠に昔、無理やり撮影させられたのよ……
弟子になる代償でね」
「え……? あ、あんたの師匠って……?」
「お願いよ、聞かないでちょうだい……泣きたくなるから」
「うん……なんか、ホントにごめんね」
魔女の視線は本物の哀しみに満ちていて、ツンデレラは追及を止めた。
「で……コレはコレとして、あたしがあんたから貰いたかったのは、もっと別なモノよ」
ツンデレラは真剣な目で言い、魔女は肩をすくめた。
「なによ? 他にあげられるものは……って何する気なの? んっ! ちょっと!?」
魔女は驚く。
唇を急にツンデレラにふさがれたせいだ。
「ん……んぐッ! んんっ……んむぅ……あんっ!」
慌てて暴れる魔女をツンデレラは力で抑え込んだ。
ネクターの力がまだ残っていたのだ。体の自由を奪っておいてからツンデレラは唇と舌で魔女を蹂躙する。
それは魔女が反抗する気力を失った後、腰くだけになるまで続けられたのだった。
「き、キスだけで私をココまで?しかも知らない間に下着まで露出させられてるし――いくら魔女だからって、コレはパンツだから恥ずかしいのよ!」
数分後、魔女は荒い息の中、驚嘆して言った。
「既婚者をナメるんじゃないわ! あんたにはずっとヤラれっぱなしだったから、ここで一回は仕返ししとかなきゃ!」
妙に勝ち誇った雰囲気でツンデレラはいう。そして――。
「それじゃまたね、ミランダ」
ツンデレラが、さりげなくつぶやいた一言に魔女は目を丸くした。
「あんたと二度と会えないなんて、あたしは信じないわ! だから絶対にサヨナラなんて言わないんだから!」
ツンデレラがプイと背けた顔――その頬に流れる涙が光った。
「フフフ、ええ、帰ってきたら続きをしましょう?」
「だから、そういうセリフは止めなさいって言ってるでしょ!」
魔女の再三の死にフラグ的言動、ツンデレラは涙目のまま怒りの顔を向ける。
と――。
「え?」
涙に濡れたツンデレラのほほに魔女の唇が触れた。
ツンデレラが呆然としている間に逆側のほほにも唇の感触。
そして、最後に唇と唇が触れる。
暖かく濡れた柔らかさに、うっとりしていたツンデレラは目を見開いた。
「ミランダ! あんた!」
魔女の目尻にも大粒の涙が浮かんでいた。
ミランダは流れる滴を拭おうともせず、優しく笑って言う。
「じゃあね――ツンデレラ」
「み、ミランダっ!」
ツンデレラは慌てて手を伸ばす。だが、その手は魔女の体をすり抜けた。笑顔の面影だけ残して――魔女の姿はかき消える。
「ミランダぁーっ!」
ツンデレラの頬を、とめどなく涙が零れ落ちた。
同時に、この空間が現れた時と同様に浮遊感が身を包み――ツンデレラは一瞬意識を失ったのだった。




