真相
「バカな子ね、魔女や魔法なんか知らないって言っちゃえばよかったのに。でも、それがあなたの生き方なのね? 不器用で変なところで義理深い……私の可愛いツンデレラ」
絶望にうつむいたツンデレラの耳に聞き慣れた魔女の声が響いた。
「ミランダ! あたし……」
「何も言わなくていいわツンデレラ。ただ、そこでじっとしていなさい」
「ミランダ?」
不思議には思ったが、友である魔女の発言にツンデレラは素直に従った――というより他にいかなる手もなかったのだ。
と――。
魔女の指示通り、馬上で動かずにいたツンデレラに上空から一筋の光が降り注ぐ。光線はツンデレラを照らし光輝の渦で包みこんだ。
後光が射したように――まるで自分自身から光を発するようなツンデレラは、まさに神々しかった。
「ど、どうしたのだ? 早くあの魔女を討ち取らんか!」
クルーエルが騎士団をけしかける。だが騎士団の誰もがそれを実行できずにいた。
天上から陽光を浴びて馬上にたたずむツンデレラは、女神の如き風格を漂わせている。
それに比べ、剣を手に彼女を討ち取らんと近寄る騎士たちの顔のどれほど醜悪なことか。
憎悪に満ちた自分たちの表情がたまらなく下劣に見え騎士たちは戦意を失ってしまった。
「ミランダ……これは?」
ツンデレラは小声で聞いた。
その問いに、魔女の声が笑いを含んで答える。
「光学と視覚効果の政治利用ってやつよ、なかなかうまくいったでしょ?」
「もう! 魔法を使ってるってのに、ファンタジーやら夢やらのへったくれもないわね」
ツンデレラはぶつくさと不平を言う。だが表情に先ほどまでの絶望は無かった。
「ふふ……問題は技術の使い道よ。それよりツンデレラ、これから一世一代の大芝居をしてもらうわ。あなたの目の前に文章が浮かび上がるから、それっぽく読んでちょうだい」
魔女の声とともに、ツンデレラの眼前に光る文字群が現れた。
「……なんだかこれ政治家の使ってるアレみたいね」
「原理的には似たようなものよ。他の人には見えないようになっているから、安心して使っていいわ。さあ、主演ツンデレラ、脚本ミランダによる、本日限りの特別劇の始まりよ。
タイトルは……そうね『狂信者の破滅』ってとこかしら」
魔女の合図を受け、ツンデレラは自信に満ちた声で話を始めた。
「クルーエル大僧正……言葉に詰まってしまって失礼したわ。あなたの発言が、あまりに下劣だったもので、つい言葉を失ってしまったの。
ああ、王妃になどなるものではないわね、こんな邪推に一々付き合わなければならないんですもの!」
「な……なんだと!」
先ほどまでの意気消沈ぶりとは打って変わり、ツンデレラは妙な迫力と気力に満ちている。クルーエルは思わず気押された。
「か弱いわたくしが、戦場で一働き出来た理由でしたっけ? もちろん魔法や魔女の仕業でなくってよ」
微笑みすら浮かべて言うツンデレラに、クルーエルは思わず聞いた。
「で、ではなぜだ? なぜ、女の身でそこまでの働きが……」
焦りにとらわれた大僧正は、すでにツンデレラとミランダの術中にはまっていた。
予期していた問いにツンデレラはあでやかに笑って返答する。
「それはね……わたくしが神の恩寵を受けているからですわ!」
高慢、驕慢といえる一言だった。
しかし、戦場で武勲の輝きを放ち続けたツンデレラが言えば妙な説得力がある。
「ばかな! そんなことあるわけなかろう! 正義と神の名は我らにこそある!」
ツンデレラの雰囲気に飲まれてしまったのか、否定するクルーエルも言葉に力が無い。
「そう? 正義と神の名を叫ぶ、あなたの手は本当にキレイなのかしら?
……って、えっ!」
そこまで言ってツンデレラも言葉を失った。
その先に記された内容に当のツンデレラも驚いたのだ。
(ちょっと! ミランダ! これ、どういうことよ!)
(いいから早く続けなさい。この芝居だけは絶対にトチるわけにはいかないのよ。事情は続けていれば分かるわ)
小声で聞いたツンデレラに魔女は他には聞こえない声を使って、演説を先へ進めるように促した。
同時にツンデレラの袖へ何かが滑り込まされる。
「オホン……これは先王が亡くなった庭で見つかったものよ。これが何なのか――言わなくてもあなたには分かるわね?」
ツンデレラが取り出した物体にクルーエルの表情が固まった。
「そ、それは……!」
言葉に詰まったクルーエルの顔には大汗が浮かんでいる。
「あれは……たしかクルーエルさまの連珠ではなかったか?」
「ああ、たしかに式典の時に見たな、あの独特の配色には覚えがある。王の葬儀に合わせ新調なさったと聞いていたが……」
「うむ。神官の方は普通、一生同じものを使われるはず。それゆえ珍しいことだと思ったものだったが。しかし――それが先王の死んだ庭で見つかっただと?」
顔色を失ったクルーエルの後ろ、騎士団の団員たちがひそひそと話しあう。
いくつもの玉を束ねたそれは連珠という。高位聖職者の連珠は色違いの宝玉一つ一つに神を讃える文章が刻まれ一つとして同じものはない。祈りの時に手にして使うものだった。
ツンデレラは自身の配下の兵たち、騎士団に存分に連珠を見せつける。
「この連珠、あなたのものよね? クルーエル大僧正?」
問いかけるツンデレラにクルーエルは何も答えられない。
ただ顔色が言葉以上に雄弁にクルーエルの動揺を伝えていた。忠実なはずの配下すらクルーエルの様子を怪しく思い始めている。
「この連珠は先王が倒れた庭に落ちていた。正確には庭園の草陰にね。そして先王の手にもこの連珠の欠片が握られていた。さて、この連珠の持ち主は?
そう、クルーエル大僧正――あなたよ。つまり、あなたは先王が倒れた時、近くに居たことになるわ」
ツンデレラの追求は核心に迫っていく。
「なのに先王が発見されたのは亡くなってしばらく経ってから。そう……あなたは先王の死に場所から逃げだしたのよ、いったいそれはナゼかしら?」
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ。
両軍の兵たちの間に動揺が広まった。
「ええい! 動揺するでない!どこぞの賭博黙示録ではないのだぞ!……そうだ。これは王妃の策謀だ!」
慌てたクルーエルは唾を飛ばして反論した。一方、クルーエルの焦りに反比例してツンデレラは冷静になっていく。
「聖職者であるあなたが、眠る時も肌身離さず持っているはずの連珠を盗み出すの?
いったいどうやって?」
「むう……」
ツンデレラの舌鋒にクルーエルは黙り込んでしまう。
「それともう一つ、先王の口の中には小さな布きれが入っていたの。
おそらく、先王は布で強引に口をふさがれ窒息させられた。そして病死に見せかけられたのよ――さあ、もうここまで言えば分かるわよね? あたしを好き勝手をさせている王に抗議に行き、聞き入れられなかったから排除した。そういうことでしょう?」
ツンデレラの抑えた語調が戦場では効果的に響いた。
もっともツンデレラの心中は口調とは裏腹に煮えたぎっている。
卑劣な手段で善良な老人の命を奪い、愛する夫を傷つけた男へ、ツンデレラの激怒の表れだった。
「王殺しの証拠……さらに私の夫である現国王の襲撃にも、あなたが関わっていたという証言もあるの――あたしの義母の手記よ、そこにはあなたにそそのかされたことが詳しく書いてある……さあ、これ以上、言い逃れることはできないわ!」
ツンデレラの怒りは神々しい輝きに身を包まれ、彼女に強烈な生気を与える。その鮮烈な怒気がツンデレラの口から迸った。
芝居がかったツンデレラの言葉をクルーエルは否定できない。
クルーエル本人ですら、ツンデレラの威に打たれかけていたのだ。彼の部下となれば、なおさらだった。
「罪人クルーエル! いい加減、汚れた身で神と正義を語るのはやめるのよ! さっさと己の罪を認め、軍を引きなさい!」
この一言がクルーエルの命脈を絶った。
なんとか反論しようとしたクルーエルは、配下の騎士たちの冷たい視線にさらされていることに気が付いた。もはや彼らは自分の言う事を聞かない――直感的に悟ったクルーエルは、数少ない側近に身を守らせ、戦場を離脱していった。
指揮官と大義を失い完全に戦意を無くした敵騎士団に対し、ツンデレラ軍の士気は極限にまで高まった。
兵士たち一人一人に強く宿った戦意が、まるで形あるものであるかのように敵軍を押しやる。やがて、ぽつりぽつりと騎士団から脱落者が出始めた。数刻前ならば考えられなかったことだった。
脱走者の顔にはつき物が落ちたような表情が浮かんでいる。
仲間の顔を見ながら最初はゆっくりと、だんだん加速しながら戦場を逃げ去っていく。
その動きは騎士団全体に広まる。
気づけば騎士団の姿は、まるで最初から居なかったように戦場から消えていたのだった。
あまりにあっけない結末にツンデレラ配下の軍は呆然としていたが、やがて勝利の実感が満ち始める。
どこからともなく歓声が上がると、それは瞬く間に高調し、戦場の大地を揺るがすほどにまで広がったのだった。




