黒幕
貴族連合を駆逐したツンデレラ軍は敵軍――神殿騎士団の手前で戦機をうかがっている。
「……ずいぶんと味方を粗末に扱う人たちね」
ツンデレラは馬上から戦場に転がる貴族たちの遺骸に目をやった。次いで遺体の回収と丁重な葬いも配下の兵に命令する。
先ほどまで戦っていた当の敵である。異議を唱える者もいたが――。
「死者をいたぶる趣味はないわ」
と、軍指揮官として強引に意見を通した。
ツンデレラに敵対し濡れ衣を着せた貴族たちではあった。正直に言えば憎しみや怒りの念は今でもある。
だが死骸に刻まれた苦悶の表情――踏みつけにされたらしい足の跡から察するに、すでに報いは十分に受けたと思えたのだった。
それに、先ほどまで剣をふるい続けたゆえの厭戦気分もあった。
おそらく、ミランダに飲まされた『神々の酒』ネクターの影響なのだろう。
ツンデレラの戦闘能力はゲージ常時満タンのツンデレ無双レベルにまで高まっている。
ツンデレラは最初、高まった能力に意気高揚し、戦場のあちらこちらで血の華を咲かせていた。
しかし、敵兵は画面右下の数字になり姿を消すただのザコではない。
少し落ち着いてからは兵士の断末魔の声、魂を失った肉塊が地に倒れる音が、たまらなく耳につくようになったのである。
指揮官をピンポイントで狙う戦法に切り替えても、手に伝わる切り裂かれた骨肉の感触――命を奪う手ごたえは失われるわけではなかった。
だが、ツンデレラは剣をふるい続けた。
彼女は一軍の指揮官である。敵に情けをかけて逃せば、今度失われるのは自分に従う兵たちの命かも知れない。
(ああ……たしかに流浪の旅に出たくなるわね。コレ……かなりこたえるわ)
逆刃刀を手に取った元・人斬りに共感を抱きながら、それでもツンデレラは剣を捨てようとしなかった。
剣を手放せば指揮官としての責任放棄になる。それは彼女を信じてつき従う者たちの命を見捨てることになるからだった。
――――――――
義務感が華奢な体を満たすツンデレラの視線の先、神殿騎士団が布陣している。
一切、歩調を乱さぬ行進、整然とした軍列――騎士団のさまは模範的な軍に見えた。
だが空虚な目つきや顔立ちからは人間性は感じられない。
彼らはおそらく死を恐れないだろう。それは勇敢さからではなく、大義を前にして個人の命の価値を認めない非人間的な生き方のせいに思えた。
ツンデレラが敵軍の様子に物思いにとらわれていると、敵陣から馬を寄せてくる騎士があった――騎士団幹部らしいことが身なりで分かる。
「汚れモノの始末などを押し付けて、まこと申し訳ない」
丁重な態度に嫌悪の念が透けて見えた。人品は立派に見えるが好きにはなれそうにないとツンデレラは思う。
「しかし、遺体を回収して見せて貴族のご機嫌取りか? 俗人、いや魔女の考えそうなことよのう?」
侮蔑の念を隠そうとしない騎士にツンデレラは肩をすくめた。
「あんたたちこそ共に戦った味方でしょ? 自分の権利・権益だけを言いたてて、地位にふさわしい義務なんか果たそうとしなかったバカどもだけど、それでも用がなくなれば切り捨てるってのはやりすぎじゃないの?」
「ふん! 弱者など我が軍にはいらぬ! 強ければ生き……弱ければ肉となるのだ!」
「どこの包帯ぐるぐる巻き男よ! まったく!」
顔色一つ変えずに言った騎士にツンデレラは説得のムダを知った。せめて冗談でも言っていないと眼前の騎士の狂気に当てられそうになる。
「講和か停戦を持ちかけようと思ったんだけど――その調子じゃ無理みたいね」
「なんと汚らわしいこと! タイミング外れの和平交渉に、なんの意味があるというのだ! 魔女は黙って我らの正義に屈し、裁きの刃を受けておればよい! 我がここに出てきたのは、ただ魔女とその軍勢に我ら騎士団の正義を知らしめんがためよ!」
形だけは和平の提案をして見せたツンデレラに騎士は即座の拒否で答えた。そのまま、ソーラ・レイでもぶっ放しそうな勢いで陣地に帰営する。
「よろしい、ならば戦争よ」
お約束のセリフをお約束のタイミングで吐くと、ツンデレラも馬を自陣に向けた。
トアル平原の戦い――その第二会戦は、この数分後に火ぶたが切って下される。
――――――――
「大盾、かまえ!」
「突撃!」
「おおう!」
馬から降りた重装騎士が集団で押し込む。 それが神殿騎士団の戦い方だった。
単純な戦術だが強健な体に狂気ともいえる意思が合わされば、なかなかの脅威である。
あちらこちらでツンデレラ軍は押されている。
彼らも元は経験豊かな傭兵であり、安定した生活をくれたツンデレラに対する忠誠も厚かったが、やはり一度激戦を越えた疲労がある。
また、力押しが最大の威力を発揮する平野での戦いだったことも、騎士団に有利な点だ。会戦が始まってわずか数分で百歩以上の距離をツンデレラ軍は押し込まれている。
「だめよ! おびえて隊列を崩したら相手の思うつぼ。集団で受け流すように対処なさい!」
ただ、劣勢に見える軍の中で唯一、ツンデレラ周辺だけは勝機の光が見えていた。
その華奢な腕から容赦ない一撃が重装騎士たちに繰り出される。大きく分厚い金属の盾や鎧がまるで紙や竹細工であるかのように軽々と吹き飛ばされた。整然と隊列を乱さず押し進む騎士団を、ツンデレラだけが突き崩して行く。
全体としてはツンデレラ軍の劣勢ではあったが、ツンデレラの存在が戦としての体面をかろうじて保っている。
「ああ、もう! 後三回変身を残していたりする余裕はないわ! あたしは最初からクライマックスよ!」
「さすが王妃さま! 俺たちには出来ないことを平然とやってのける!」
「そこにシビれるぅ! アコガれるぅ!」
「くそっ、王妃め! なんという戦闘力だ! スカウターが壊れた!」
紛争根絶を目指す組織のモビルスーツじみたツンデレラの活躍。それは配下の軍勢に活力を与えた。同時に敵には畏怖の念を起こさせ足を止めさせる。
前方に対しては強い騎士団だったが、背後や側方から突かれれば弱い。
そこに気づいたツンデレラ軍の一部が回りこんでの横撃、あるいは後背からの奇襲を喰らわせる。
こうしてついにツンデレラ軍の逆襲が始まった。包囲が完成した一部では騎士団の敗走が始まり、戦況は逆転しつつあったのである。
だが――。
「見よ! 天主旗が掲げられたぞ! 大僧正さまのご出馬だ!」
騎士団の後方に、金糸で飾られた華麗な旗がかけられた途端、神殿騎士たちは士気を取り戻した。
騎士団は陣形を立て直し半円陣を形成する。前方への圧力は弱まったが、左右の敵にも対応できる陣形だった。
おかげで今まで押し返していたツンデレラ軍も足を止めざるを得なくなる。戦況はこう着状態に陥っていた。
と――。
両軍がにらみ合いを続ける戦場に、騎士団の後方から神官がゆっくりと歩み出た。
豪華な布地を使った高位神官の服――『天主派』の最高責任者であり、騎士団の精神的指導者でもあるクルーエル大僧正が姿を現したのだった。
「魔女の軍勢よ、正気に帰るがよい! 魔女に心を奪われてはならん!」
説教で鍛えた大僧正の声は戦場によく通った。その声にツンデレラ軍の兵士は動きを止める。
「あれは……大僧正さまでは?」
「ああ、それに天主旗もある。これは、その……マズいのではないか?」
兵たちは命をやりとりする現場にいるだけに、妙に信心深くなるところがあった。それゆえ神の僕である聖職者に剣を向けることにためらいを覚えたのである。
敵兵の躊躇にほくそ笑んだクルーエルは、図に乗って言葉を続けた。
「天主旗を掲げる軍に刃向かうことは、神に刃向かうことと同じぞ! 恐れを知るならば、剣を捨てるのだ。大人しく降参し、我らの造る正義の国家の礎となるがよい。神の敵どもに許されたことはそれだけだ!」
ツンデレラ軍の兵士はお互いに顔を見合せ、誰からともなく剣を下ろし始めた。
一方、騎士団は正義は我に在りとばかりに勢いに乗り、今にも突撃を開始しようかという気勢になる。
「待ちなさい!」
自軍が戦わずして負けかけていることを感じとったツンデレラは、急いで軍正面に馬を進めた。そして自軍に振りかえって声をかける。
「あなたたち本当にこいつらに国を任せたいの? ひそかに妻子を持った騎士を寄ってたかって殴り殺したこいつらに? 子供の学費のため、屋台を祭日に営業しただけの男を戒律違反で締め上げ、首まで吊らせたこいつらに? あなたたち本当に政治を任せたいの?」
ツンデレラの言葉には情理があった。神の敵と呼ばれ、うつむいていた兵士たちは顔を上げる。
「それだけじゃないわ。こいつらは罪――本当にそうかは疑わしいものだけど、その本人だけじゃなく家族まで罰した……理不尽な私刑にかけたのよ。騎士団員と屋台商の妻は、浄化と称した手ごめにあわされたあげく売春宿に売られた。それだけじゃない。子供たちまで奴隷として売られた。神の名をタテにして、そんなことをする奴らに――あなた達は本当にこの国を任せたいの?」
兵士たちにも家族がある。ツンデレラの話は妻子ある彼らにとって腹にすえかねるものだった。
「……そうだ! 傭兵時代にその話は聞いたことがある。なんと無体なことと思ったものだ。それに、寄る辺なき流れ者の傭兵だった我らに、家と家族のある生活を与えて下さったのは王妃さまだ! あいつらじゃない!」
一人の兵士が叫ぶと周囲の兵士が賛同する。水面に波紋が広がるように兵士の間に士気が戻り出していた。
「ええい!」
自分の眼前で生気を吹き返す敵軍にクルーエルは驚き、失望し、憤った。
クルーエルにとっては神の名を出せば全ての人間がかしこまり言うことを聞くのが当然。
(それはクルーエルが今まで、狭い世界の中でしか生きてこなかったことを意味していた――もっとも彼自身は、それに気が付いていなかったが……)
腹立たしいことこの上なかったがクルーエルはいらだちを抑え、ツンデレラを攻撃する口実を探した。
クルーエルは信仰心の強さを他者への非難というかたちであらわす男だった。
優秀といえる能力の全てを使って、他者を非難する理由を探すことが彼の生きがいだった――今までの神官としての昇進はそうして築かれたものだったのだ。
だから、今回もツンデレラを責める術はすぐに見つかった。
「王国の兵士たちよ! そこなる魔女の言い分を聞いてはいかぬ!」
ツンデレラの説得をさえぎるように、クルーエルは声を張り上げた。
「そこにいるのは口にから甘い毒を吐き諸君らの耳をだます魔女だ! その証に見よっ!人間業とも思えぬ力と立ち回り――まるで魔性のモノの仕業ではないか! 諸君らは魔女の所業をよく見たはず! それでなお、魔女の下で戦い続けたいの願うのか!」
言葉巧みにクルーエルはツンデレラへの疑惑をあおる。
ツンデレラの人間離れした武勇は配下の兵士たちも不可思議に思っていたことであったから、疑いの視線がツンデレラに集まることになった。
軍の士気と戦況を支え続けたツンデレラの働きが、ここでは完全に裏目に出ていた。
ツンデレラは掛けられた嫌疑を解こうとする――しかし、反論の声が出なかった。
いっそ、魔法など知らぬ。魔性のものなど関知せぬ。魔女など心外な呼ばれようである。
そう強弁できればよかったのだが――ツンデレラには出来なかった。
それは友である魔女ミランダを否定することになる。ミランダが無償でツンデレラを助け続けてくれたことを否定することになってしまうからだった。
ミランダの友情を無かったことには出来ない。
そして彼女のために命をかけてくれたものに嘘をつくこともできない。
ツンデレラの内なる葛藤をクルーエルは徹底的に利用した。
「ほら、見るのだ! 魔女は口をつぐんだぞ! やましいことのある証拠だ!」
沈黙するツンデレラに配下の兵士たちが失望の目つきを向けた。兵たちの手にした剣が今また下ろされていく。
復活しかけた戦意が潮の引くように失せていく。ツンデレラは唇を噛みしめながら見るしかないでいた。
「さあ神の子らよ! 今こそ魔女とその軍勢を討ち果たす時だ!」
敵軍の意気消沈にクルーエルと神殿騎士団は図に乗った。決着をつけるべく、最後の突撃を敢行しようとする。
我と我が軍が駆逐されようとする状況。ツンデレラが絶望の中で見ていると――。




