激闘、死闘、強敵
(ウソッ! いやっ! また私のせいで部下が……!)
瞬間――大きな拍動とともに、ツンデレラの脳内で種的なものが弾けた。
ツンデレラは落ちていたジルドレの剣を拾う。
そのまま、ジルドレの倒れ伏すそばに駆け寄り――巨漢の振り下ろした斧を受け止めた。
ガキィッ!
「なっ、なんだと!?」
巨漢・奇怪王は驚愕した。
ギリ、ギリ、
突如現れた細腕の王妃が彼の斧を受け止めている。
それどころか押し返しさえしている。
「ばかな、なぜ貴様のような小娘が!?」
今までも彼の斧を受け止めたものはいる。
だが力で押し負けたことは一度たりとてなかった。それが今、戦士にすら見えない若い女人に破れ去ろうとしている――奇怪王にとっては何より許せないことだった。
奇怪王はこめかみに血管を浮かべ、体重をかけて押し切ろうとした。
しかし有利な上からの圧迫にも関わらず、ついに彼の斧は弾きあげられる。
「くっ、おのれ!」
奇怪王は屈辱に顔を赤くした。
だが表情はすぐ驚きに変わる――眼前からツンデレラの姿が消えていたのだ。
奇怪王は慌ててあたりを見回す――だが、ツンデレラの姿はない。
「お頭っ! 上ッ! 上です!」
部下の声に、奇怪王は頭上を見上げる。
――と、はるか上空、白くたなびくツンデレラの軍装が目に入った。
反射的に奇怪王は斧を構える。
だが彼は忘れていた。
自分が有利な態勢ですらツンデレラに力で押し負けたことを――。
奇怪王は構えた大斧ごと両断され息絶えるまで、自分こそ最強と信じ続けて逝ったのだった。
(なんという強さだ……)
ジルドレは失った腕の手当てを受けながら、ツンデレラの動きを思い出していた。
頭目たる奇怪王を討ち取られ、彼の配下傭兵団は狼狽して撤退した。
中核であった傭兵団の敗走は敵全軍に広まり、おかげでジルドレは手当てを受ける余裕ができたというわけだった。
片腕を失ったことは身体的にも精神的にもショックだったが、それよりも気にかかることがジルドレにはあった。
(王妃さまのあの動き……この私が目で追い切れなかった)
それほど剛力でもないジルドレが、最強の傭兵として名を馳せられたのは類いまれな剣技と、なにより動体視力の良さのおかげだった。
その彼の目が追い切れないほどのツンデレラの速さ――そして、女性とは思えないほどの腕力。
(あれでは、まるで――)
王妃の予想外の活躍を無邪気に喜ぶ部下たちと違い、ジルドレは不安を隠しきれないでいた。
貴族連合軍の司令部には、次々と味方敗走の報が入って来ていた。
「十五人の精鋭が三分で? ええい! 我が国の王妃は化け物か!」
信じられないことだが敵指揮官である王妃が万夫不当の働きをしているとの報告があちらこちらから届いていた。
「むう。形勢は不利なようだな、どうしたものか?」
「隣国の連合軍は動きが鈍い。ここはやはり神殿騎士団の支援を仰ごう。
同時に我らも騎士団の保護下へ移動するべきだろうな」
「ウム……やはりそうか」
寄せ集めで、作戦会議では意見が一致したことなど無かった貴族たちだったが、危険から逃げたいという一点では同じ思いだったらしい。
配下の兵はすべて金で集めた傭兵だ。戦場に置きざりにすることに心残りは無かった。
少数の護衛だけを連れ、貴族たちは神殿騎士団の陣営へと向かう。
騎士団の陣営前――応対に出た騎士に貴族たちは事情を語っていた。
「……と、いうわけだ。我らは武運つたなく敗れたが、王妃軍の兵力を削ぐこともできた。
かくなる上は諸君らの参戦を乞う。疲れ切った奴らに一撃を入れれば勝利は間違いない」
言葉巧みに恩着せがましく、貴族たちは敗北の言い訳をする。これだけのことをしてやったのだから、お前たちも我らを守れ――そう態度で言っていた。
だが、騎士は冷たいまなざしで彼らを見つめるばかりだった。不安になりかけた貴族たちに、ようやく騎士は声をかける。
「分かりました。あなた方の身元を引き受けましょう。しかしここは戦場です。役に立たないものを置いておくわけにはいきません。あなた方にも少々働いていただきたい」
「あ、ああ、もちろんだ。我らに出来ることなら何でもやろう」
慌てて貴族は言った。ここから追い出されては行くところが無くなる。
とりあえず中に入ってしまえば後はどうにでもなるだろう――そう考えた口約束だった。愛想笑いを浮かべた貴族たちの顔はとても信用できたものではない。
しかし、騎士は貴族の返答を聞いて笑った。嘲笑うような嫌な笑いだった。
「では最初のお願いです――まず死体になっていただこう」
そういって近寄った騎士は――一刀で貴族の一人を切り捨てた。
「おい……冗談は止せっ!」
「あなた方も、お甘いようで……」
「や、やめろっ! イヤだ、死にたくな……グフッ!」
突然のことに狼狽するばかりの貴族を、騎士は次々に斬っていく。
「天なる神の忠実なる軍勢――我が騎士団に臆病者は要らぬ。あなた方には卑怯惰弱の輩の末路はこうなるという見せしめになっていただく」
すでに息絶えた貴族たちに騎士は仰々しく言った。
「御苦労だったな? 騎士どの」
「これはクルーエル大僧正! 少々散らかっております。お目汚し申し訳ございません」
貴族たちの片が付いたことを確認し、歩み寄ってきた神官に騎士は丁寧に頭を下げた。血刃を手にしていながらの丁重なやりとりは、より異常さを感じさせる。
「なに、私が蜂起させたものたちだ。せめて最期は看取ってやらねばなるまいよ」
「なんと慈悲深いお言葉! 大僧正さまのお心さながら海の如く広くあられますな」
横たわる貴族たちの恨みに満ちた目つきを足元に、二人は皮肉ではなく大真面目に語っていた。
爬虫類のように妙に歪んだ光を放つ眼、それが信仰と狂信――敬虔と思考放棄を履き違えたもの独特の不気味さを醸し出している。
「いや、神殿騎士団の勇猛さと忠誠も神の御心にかなうものだよ。これから始まる、あの魔女との聖戦でも期待している――神の国は今、近付いておるぞ」
「お言葉ありがたく存じ上げます。では戦闘準備がありますので、私はここで」
騎士は一礼して立ち去った。向かう先には同じように頑なな目つきの騎士団員が、蟻や蜂などのように一糸乱れぬ動きで歩き回っている。
彼らは『神殿騎士団』という。
『六王教』の中でも、特に天の王を信仰する『天主派』に所属する戦闘集団だった。
本来は神殿の領地の警備を担う自警団だったものが、教団の巨大化とともに軍と呼べる水準にまで強化されたものである。
出身や身分を問わず、肉体の健やかさと神への忠実さだけで選ばれる彼らは、独身者のみの構成となっており、団員だけでの集団生活を送っていた。
世間を知らず、ただ教義の学習と身体の鍛練だけに明け暮れる騎士団。その信仰心は異常に強く、ときに同じ六王教徒からも煙たがられるほどだった。
同じく狂信的な傾向と攻撃的な姿勢を持つ『天主派』と結びつき、異教徒や考えを異にする六王教徒を排撃する騎士団――彼らはかつてツンデレラに処罰されたことがあった。
騎士団内の私刑で死者を出したり、細かな戒律を破った市民に吊るし上げをかけたことが問題視されたもので、それは極めて妥当な処分ではあった。
だが騎士団と『天主派』は宗教弾圧と受け取ったのだった。
過剰に反応した六王教の過激派は、ツンデレラ排除のため、様々な策謀に手を染めることになる。
それが貴族たちの蜂起と隣国の野心と化学反応を起こし、今日の事態を招いたのだった。
といって、彼らが何かの大きな計画を描いて、ツンデレラを倒そうとしたわけではない。
ツンデレラを倒せば、彼らの描く理想の世界が来ると、根拠もなく信じていたのだった。
(もともと根拠など無いからこそ、盲信というのだけれど……)
今回の事件の黒幕――神殿騎士団は、狂信ともいえる強固な思想と団結で立ちふさがる。
貴族軍を追い散らし、勢いを得て猛進するツンデレラ軍との会戦は間近に迫っていた。




