決戦の火ぶた
「このまま待っていてもジリ貧よ! たしかにココは防御しやすい地形だけど、圧倒的多数の敵の前じゃ、どんだけ防戦に全力を注いでも負けは見えているわ!」
ツンデレラの声が大天幕に響いた。
声に満ち溢れた決意は話の内容以上に会議の参加者の心に届く。
将軍や幕僚たちの注意を十分に引いたツンデレラは、卓上に置かれた大きな作戦図を指さした。
「だから私たちは先に攻めるわ! 最初に狙うのは――奴らよ!」
ツンデレラの細指の先には、貴族の連合軍を示す記号があった。
「選択の理由を言うわ。まず隣国の連合軍は無視してもいい。あいつらは勝利は確実だと思い、もう戦後の事を考えてるわ。だから出来るだけ被害を少なくしようとしてる。
多くの兵力が残せれば戦後の分け前の奪い合いで有利だからね」
そこまで言い、ツンデレラはにやりと笑った。
「ずい分とナメられたものだけど、そのおかげでお互いに牽制し合いウカツに手を出してこないでくれる。誰だって勝てる戦いで死に物狂いの奴の相手をしたくないわ。追いつめたネズミにに噛まれて大ケガなんてしたくないものね」
ツンデレラは説明しながら各国軍を示す記号を順番に指差し、それから神殿騎士団のそれを指し示す。
「神殿騎士団――神官子飼いのあいつらは、信仰心を核にした団結力がとても強いわ。
いずれ戦わなきゃならないにしても、ある程度は軍に勢いを付けてからにしたい。
だから、最初に叩くのは――貴族の連合軍というわけよ」
ツンデレラの説明には利と理があった。うなずく会議の列席者たちにツンデレラは最後の一押しを入れる。
「貴族の連合軍は寄せ集めの敵軍の中でも輪をかけた寄せ集めよ。こちらにも付け入るスキは十二分にあるわ。先制すれば勝機はある。ここを速攻で片付けて勢いに乗り神殿騎士団に攻勢をかける――これが今作戦の基本方針よ」
「なるほど」
「たしかに」
ツンデレラが立てた作戦に将軍たちは納得したようだった。
不安げだった彼らの顔に希望の光が見える。
彼我の圧倒的な数の差に今までは何をどうしたものか分らないでいた。
だが明確な指針が与えられれば何とかなるような気になる。
それに受け身の防御ではなく、攻勢に出られることも彼らを勇気づけた。
将軍たちは入ってきたときより晴れやかな顔で天幕から出ていく。彼らの明るい気分は指揮下の全軍にも広まり、士気が目に見えて上昇していった。
こうして軍勢の意気が最高潮に達したところでツンデレラは進軍を命令する。
号令を受けたツンデレラの軍勢は雪崩の如き勢いで山を下り出した――目指す先は眼下に布陣していた貴族連合軍。
―――のちに言う『トアル平原の戦い』の、これが幕開けであった。
―――――――
「進みなさい! 足を止めちゃダメッ! この作戦は勢いが最も大事なのよ!」
乱戦の中、ツンデレラは大声で指揮を執る。軍装に身を包んだツンデレラは白馬に乗り、その周囲を親衛隊が固めていた。
ツンデレラの参戦を将軍たちも幕僚たちも止めた。
当然である。王妃という高い地位にある女性、しかも妊婦を戦場に放り込むことなど狂気の沙汰だったからだ。
陣地で護衛と共に大人しくしていてほしいと、配下の誰もが口をそろえる。
「いやよ」
だがツンデレラは譲らなかった。
戦わぬ自分を守るため、ただでさえ少ない軍から戦力を裂くことなど許せなかった。
なにより自分のために戦う兵たちを差し置いて、一人だけ安穏としていることは出来なかったのだ。
そのツンデレラの覚悟は、むしろ一般の兵士の方が感激して受け取った。
一国の王妃がそばにいること――共に戦ってくれていることは、兵士たちの戦意に火をつけ、たぎらせたのだ。
『王妃を死なせない』
心に決めたツンデレラ軍の兵たちは圧倒的な勢いで攻め込み、不意を突かれた貴族連合の傭兵たちを混乱させ駆逐する。
だが、一方でツンデレラの存在は両刃の剣となりかけていた。
戦場で女の姿は目立つ。まして白馬に乗った軍装の女性となれば敵軍にとっての良い目標だった。
ツンデレラの周りに敵兵が集結しだす。
彼女を殺せば戦争は終わる。手柄を求める傭兵たちにとって、この上ない標的である。
逃げる貴族たちを追って、ツンデレラ軍が先走りすぎたことも災いした。
気付けばツンデレラの周りには護衛の兵である親衛隊しかいなくなっていたのである。
引き返してツンデレラの包囲に加わる敵兵が増え始めた。親衛隊の兵士たちも奮戦しているが、冥府に送った数より多く、敵はその影を増し続ける。
だが親衛隊の兵たちの士気は衰えなかった。
むしろ劣勢になるほど闘志を燃やし、戦い続ける。
「王妃さま!ここは我らが食い止めます――そのスキに包囲から脱出を!」
中年の親衛隊長が叫んだ。だがツンデレラは首を横に振る。
「いやよ! 死亡フラグっぽいこと言わないで! だいたい脱出は無理よ。退路はもう塞がれているわ。それにそもそも、あなた達を置いてはいけない! あなた達こそ逃げるなり降服するなりしなさい! このままだとあなたたちまで死んでしまうわよ!」
何を言われようと、ツンデレラは劣勢に陥った部下を見捨てられなかった。
指揮官としても一国の指導者としても失格といえる態度ではあったが、そんなツンデレラに親衛隊長は男らしい笑いを見せる。
「そういう王妃さまだからこそ命がけでお守りするのです――それに、あなたは根無し草だった我ら傭兵に家と家族を与え、生活の保障までして下さった。
おかげで私も十五の年に戦場へ身を投じて以来、あきらめていた生活を存分に味わえました。もはや思い残すことはない――退路は、このジルドレめが死命を賭してでも切り開きます! 王妃さまはそこからご退去を!」
そういうと親衛隊長・ジルドレは敵兵の中に切り込んでいく。さすがに隊長を務めるだけあり素晴らしい剣の腕だった。敵兵をあっという間に数人切り倒す。
「そうです! 王妃様、我らの開けた突破口からお逃げ下さい!」
「たとえ命をかけるような戦いだったり、なかったりしても!」
「私たちはたぶん一歩も引かないような気がします!」
「それが王妃親衛隊だったりするのです!」
口ぐちに桜がビッグウォーな雰囲気の叫びをあげ、親衛隊員も後に続く。
血刃をふるう彼らは敵をツンデレラに近づけない。
敵兵は足を止めた。手柄は欲しいが相手は覚悟を決めた凄腕の剣士たち――誰も目の前で唸りを上げる剣のえじきになりたくない。
「さあ、こちらへ、王妃さま!」
その合間を縫い、ツンデレラをかばいながら隊長ジルドレは切り進む。
だが敵は次々と増え続けている――それは腕の立つ敵兵の登場も意味していた。
とある時点から不意に敵兵が手ごわくなった。統率の取れた攻撃――周りの親衛隊が一人、二人と欠けていく。
ズンッ!
と、そこへ重低音を響かせ巨躯の傭兵が現れた。
轟音を立てたのは手に握った――これまた大きな戦斧だった。
巨漢は新たに現れた傭兵たちの頭目らしい。にらむようなまなざしで戦場に立っている。
「あいつはだれ? あからさまに中ボスっぽい外見だけど?」
ジルドレは激戦の合間に息を整え、巨漢の名を記憶の底から呼び起こした。
「あの巨体に大戦斧――おそらく長江仙鬼・奇怪王でしょう。
東洋一の傭兵と噂には聞いていましたが、まさか、この戦場に現れるとは……」
「長江仙鬼・奇怪王? ゲーム雑誌の誤植みたいな名前ね? とはいえ、たしかに強そうだわ。ゲーム序盤に出てきて子どもたちにトラウマを植え付けそうね」
ツンデレラに好き放題言われ巨漢はこめかみをひくつかせた。
だが、いちいち反応していては自分の器量が疑われるとばかりに平静を装う。
「剣豪と名高い『青髭』ジルドレも落ちたものだな。背中に女をかばって立ち往生とは、王妃に飼われて牙を失ったか? お主にも王妃にも恨みは無いが、我が傭兵団の武勲のため、死んでもらおう!」
巨漢は斧を振りかぶった。
見るからに動きの鈍そうな大斧――スキありとばかりに、親衛隊の数人が切りかかる。
「いかんっ! そいつはっ!」
慌てて止めたジルドレの目の前、巨漢は振りかぶった斧を一閃させた。
ただの一振りが切りかかった数人を駆逐する。あたり一帯に切り裂かれた腕や足、臓物が飛び散り、血生臭い匂いを充満させた。
「うっ……!」
一瞬、ツンデレラの気が遠くなる。そこへ斧を再度振りかぶり、巨漢が迫った。
ガキッ……!
鈍い金属の衝突音。ツンデレラをかばったジルドレは巨漢と力比べをするハメになる。
「フヌケになり下がったようだな、ジルドレ! 西洋最強の傭兵と言われたお主と戦えると思い、この戦にやってきたのだが、どうやら期待外れだったようだ。それとも、王妃を殺せば昔のお主に戻るかな?」
「そうはさせん! お主には分かるまい? 守るがゆえの強さを! 王妃様がそれを私に教えてくれたのだ!」
ジルドレは力の方向をうまくいなし、不利な体勢から抜け出した。
今度はジルドレの方から打ちかかる。互角の二人の切り合いは二合、三合と壮絶さを増しながら続いた。
だが――。
力量は同じでもジルドレの方には激戦を潜り抜けてきた疲労があった。
それが彼の動きを一瞬、鈍いものにする――勝敗はその一瞬に決した。
「ぐあっ……!」
ジルドレは二の腕を押さえ大地に転がった。その手に剣は無い――いやそれどころか、ひじから先を失っ
ていたのだ。
「ジルドレ! 逃げて!」
固唾を飲んで切り合いを見守っていたツンデレラは叫んだ。大地にうずくまるジルドレに、巨漢はとどめを刺すべく近寄っていた。
「そこで待っていろ王妃、すぐ一緒に送ってやる」
そういって巨漢は斧を振りかぶる。蒼白な顔のジルドレを大きな足裏で押さえつけると、斧を振り下ろした――。
その光景を前に、ツンデレラの思考が激情と絶望に染まりかける。




